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09 不可思議の試験勉強 3

次の日からも勉強会と、弥魔術の訓練も一緒にするようになった。


もっとも、一年生の弥魔術ですら紅雨にはまだ学習範囲外ではあったが、涼介はさらりとやってのけていた。

そして、友人たちにそのコツを教えていた。


彼らの横で、紅雨が二年生のテストとなる弥魔術の一つ、呪術札じゅじゅつふだを使う練習をしていた。

呪術札は、横一寸、縦三寸の小さな紙を使う。

植物系のすすから作った墨を湧き水ですり、黒曜石を砕いた粉を混ぜた墨汁で文字を書く。


文字は、旧字体を混ぜた現代の日本語を使うこともあれば、ヲシテ文字やカタカムナといった古代文字を使うこともある。

文字そのものに力があるわけではないので、内容を知られたくない呪術札でないなら普通に現代語を使う。

重要なのは、言葉の意味を理解して術力を込めることだそうだ。

カッコいいから、という理由で古代文字を使う人も多いと聞いた。

なんとなくわかる。


呪術札を使うときには、自分の術力をほんの一かけら使う。

どちらにしても術力が必要なので、涼介に解放してもらうまで紅雨は授業中何もできず見ているだけだった。


先日どうにか解放してもらったが、まだ少し思うように使えない。

普通はコックを捻って一メモリずつ増やして必要量を取り出すところ、紅雨はゼロか千か一万かという大雑把な解放しかできない。

微妙な調整はまだまだ苦手だった。



「また不発ぅ。ぜんぜんでけへん!札は書けてるって先生に言われてんけどなぁ」

今取り組んでいる呪術札に仕込んだ術は『音を記憶する』『指定先に届ける』『届いたら音を再生する』という三種類。

一年生では一種類の術を書く呪術札を学ぶらしいので、要するに応用編だ。


「ちょっと貸してみろ」

紅雨が放り出した札を拾ったのは、涼介だ。


ちなみに、一年生は『風を送る』という基礎中の基礎の弥魔術を札にするのが今回の試験である。

そこから、よくある弥魔術を札にする練習を行い、その後で札だからこそ便利な術を学んでいくらしい。


今紅雨が練習している呪術札も、言い換えれば弥魔術を使った音声メールだ。

一度書いた札は、内容に合わせて術力を込めなおせば誰でも何度でも使えるらしい。

原動力は自分の術力なので、資源の観点から言えばエコである。


投げやりになっていた紅雨は、おざなりにうなずいて涼介のすることを見学することにした。

彼は紅雨が札を使おうとしているのを見ていただけだが、できるのだろうか。

「あー、術が三個か。音を届けるってこういう組み立てなんだな。ふぅん、二年になると便利な札が増えるってわけか。でもこれ、同時に発動っていうよりは順番だろ。まずは録音だから……『ウーロン茶一本』。で、相手を指定。届いたら再生させる」


そう言いながら、涼介は左手に持った札を二間ほど開いた扇でゆるりと触れた。

すると、その札はふわりと浮いて悠真の方へ飛んでいき、肩にひっついた。


『ウーロン茶一本』


「いや俺パシリかよ?!ってなにコレ。え、あれ?涼介はあっちにいんじゃん。今しゃべったの誰?駿か?」

ちょうど悠真の斜め後ろに駿が座っていた。しかし駿は首を左右に振った。


「俺じゃない。その紙」

「え?これ……呪術札じゃんか。ってなに、えーっと音、記憶。人、指定。到着後、再生。へぇ、音声チャット的な?便利!」

悠真は肩から札を剥がして、その文を眺めた。


「もしかして、それ姐さんのやつ?」

「二年の?それ、りょーすけが一発で発動したとか?うわチート」

「さすが、弥魔術だけは得意だからなぁ」

「習ってもないのにできるとか半端ない。弥魔術特化型だからな、涼介は」


陸と海斗も寄ってきて、それぞれに札を見たり涼介を見たりと賑やかだ。

そしてやはり、一発で応用編を成功させるのは普通ではないらしい。


「すごいね、涼介くん。ついでにもう一回やって。次は手ぇつないで」

「は?またやんのかよ」

紅雨は、涼介が術を発動するとき間接的に体験する方法を何度か試していた。


「だってわかりやすいんやって。説明されるより経験の方が具体的やろ?ほらほら、英語の過去問クラスメイトにもらってきたし」

ひらり、と鞄から取り出した紙は、去年の一年一学期に行われた英語のテスト問題。

出どころは友人になったゆえりだ。

彼女はよく言えば物持ちが良い、と自慢していた。


「はぁ。わかった、一回だけだぞ」

「やった!ありがとう」

にぱ、と笑った紅雨は、ポケットからもう一枚同じ札を取り出した。


手をつないで涼介の術力を感じながら、発動してもらう。

弥魔術を教わったときと同じで、やはり術力の引き出し方や動かし方がよく分かる。

口で説明されても、こればかりはよくわからない。

もう少し弥魔術に慣れたら、口頭の解説だけでもできるようになるだろう。


「うーん、やり方はわかったけど、こんなに細ぉく小出しにするんか……できるかな。とりあえずやってみるわ!ありがとう。あ、これ数Ⅰと数Aもあるから!みんなで見て」

「めんどくせぇ」

「あ、姐さんあざっす!」

「っす!」


紅雨が問題用紙を取り出すと、海斗が頭を下げつつ両手で受け取った。

横にいた陸も軽く頭を下げている。

その横で、涼介はごろりと寝転ぼうとしていた。


「涼介くんも勉強しときや?字が汚いだけでできるんやから」

「ゆっくり書けばいいだけだろ。だったらもういい」

「どうせやったらちゃんと点数取っときぃや。別に誰も損せぇへんやん」


一つため息をついた涼介は、軽く首を横に振った。

「だからめんどくさい」

「もぉ。せやったら、今度廊下で涼介くん見かけたら、大声で『りょーちゃぁああん!!』って叫んで飛びついたるで」

「やめろ」


「あたしは有言実行する。なんなら高い声でハートマーク付きの感じにする。ぽっぺにちゅーもつけたる」

「マジでやめろ」

「勉強の邪魔になるならやめるけどぉ。涼介くんは勉強せぇへんねんやろ?」

紅雨は、両手をわきわきとしながら笑みを作った。


「わかった。少しはする。するからやめてくれ」

「少しやなくて、ちゃんとしぃや?高校からは赤点取ったらテスト休み中に補講と再テストあんねんで」

それを聞いた海斗は、ぐりん!と首をこちらに向けた。


「え?姐さん、それマジ?え、姐さんの前の学校だけとかじゃなく?」

「いや、前の学校は再テストだけで補講はなかったよ。そのへんは、弥魔拾学園の入学説明のパンフレットに載ってたで。いや、あんたら全員読んでへんのんかい」

紅雨の言葉に、全員が首を横に振った。


それを見た黒朱が、呆れたように舌をしゅるりと出して震わせた。

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