目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

10 不可思議な体育祭の準備 1

試験は何とか乗り切った。

紅雨個人は、学科はともかく、弥魔術はギリギリ形になった状態だ。

呪術札も発動でき、先生方はこの短期間で素晴らしいと手放しでほめてくれた。


涼介たちのおかげである。


彼らはというと、なんとか全員赤点を免れたらしかった。

すべてのテストが返ってきた日の放課後に、屋上でお菓子パーティーをしながら聞いた。


「よかったやん。補講も再テストも嫌やもんなぁ」

「俺の成績も、前より上がったんすよ!あざっす」

「次もお願いします、姐さん!」

「こちらも協力しますんで!」

「あ、ミルクティーあります」

「あはは、ありがとう。うちも助かったし、お互い様やわ」


お菓子を囲んでワヤワヤとしゃべっている中、涼介は黙ってスナックを口に運んでいた。

「またしばらく、中学の範囲の弥魔術勉強するから、手伝ってくれる?」

紅雨が問いかけると、手に持っていたスナックを口に放り込んでから涼介が言った。


「ん、別にいいけどな。そろそろ、体育祭の準備があるだろ。放課後に時間取れんのか?」

「体育祭?そういえば来月くらいやったっけ」

梅雨のど真ん中であるが、そんなものをものともせずに体育祭の予定が入っていた。

予備日すら設定されていなかったので、もしかすると弥魔術で天気くらいなんとかするのかもしれない。


「っす。わりと本格的だし、クラスで色々準備すると思うっす」

「グッズ作ったり旗作ったりな」

彼らから中学の体育祭の話を聞いて、どうやら一大イベントらしいと理解した。





「では、旗の文字は『二の伍 勝利』で、背景のイラストは八咫烏やたがらすのシルエット。両側のポールの上に植村さんの白い烏と星無さんの黒い烏をそれぞれ配置。これでいいですね?ほかに意見のある人は挙手!……では、これで決定します」


教室の教壇に立っているのは、クラス委員の遠藤悠斗えんどう ゆうとだ。

黒板には、同じクラス委員の西口玲にしぐち れいが決定事項を板書している。

今日は、ホームルームを使って体育祭についての話し合いをしていた。


「体操服の飾りは白か黒の羽を選択するんで決まり、旗はこのデザインで確定。あとは出場種目を決めます。ここからは体育委員の日置へきくんと斉藤さんにお願いします」

「はーい!そしたら、種目一覧を配りまーす!一人一枚取って後ろに回してくださーい」

「複数の種目に出るのは大丈夫やけど、連続したのはやめといた方がいいです。あと、一人一種目は必ず出ること!これは確定でーす」


日置陽太ようた斉藤緋色さいとう ひいろが、一番前の席の人にプリントを配っていった。回ってきたプリントには、体育祭のプログラムが書かれていた。


選手宣誓に始まり、準備体操、短距離走、玉入れ、ムカデリレー、障害物競走、クラス対抗リレーなど一般的な種目が並ぶ中、応援合戦を挟んで最後にあった種目に目を落とした。


「最後が円術争?」

「そうそう!星無つきよさんには円術争に出てもらいたいんやけど、頼める?黒蛇さん、マジですごいし!なんなら優勝狙えるで!」


紅雨がぽつりと零した言葉を拾ったのは、日置だ。

円術争の授業では確かに負けなしだが、本当に自分が出てもいいものかと迷ってしまう。


体育祭の円術争はクラス対抗のトーナメント戦となり、前日までに各学年三クラスずつ選抜される予選が行われる。

予選は学年ごとに行われるため、他学年の選抜チームがどういう構成なのかは当日までわからない。


「なるほど、三年生相手でも初見殺しが効くかもしらんってことやね」

「そうでなくても勝てそうやけど。あと、円術争は学生ルールで、『一緒に対戦する物の怪は本人と契約していること』っていう決まりがあんねん」

それぞれが友人たちとどの競技に出るか話している賑やかな中、紅雨は日置から話を聞いていた。


「本人の契約?せやったら夜天は」

「とーぜんいける!」

「ほな、基本的に黒朱使って戦っといて、いざってときに夜天呼び出せば」

「作戦通りっ!てなるわ!ええやんええやん。ほんまに優勝狙えるかも」

「じゃあうちは円術争に出るわ」

うなずいた日置は、楽しそうに右手をぐっと握って見せた。


「せやったら、ほかのメンバーも本気で選ばなあかんなぁ。うちのクラスにあと黒持ちの物の怪と契約してるんは、柿本と高垣か。二人ともいける?」

柿本雷かきもと らいは黒目で青い羽根の鷲と、高垣快たかがき かいは赤い目で白黒のヤマネコと契約しているのだ。

両人とも術力は多い方で、割と成績もいい。


プリントを見ていたらしい二人はそれぞれに顔を上げ、そして顔を見合わせてからうなずいた。

「いいよ。空穴くうけつはやる気みたいやったし」

先に答えたのは柿本だ。

鷲は今ここにはいないが、大丈夫らしい。


高垣は、膝の上で眠るヤマネコをひと撫でしてから言った。

「僕のダイフクは、食べ物で釣れば大丈夫。も~ぎゅ的なやつでいいかな」

『いいにょ』

も~ぎゅとは、“誰にでも懐く!”がキャッチコピーの犬猫向けの嗜好品である。


ヤマネコだが、猫向けの食べ物も好きなようだ。

ダイフクは、舌っ足らずな可愛らしい声で答えた。


最近知ったのだが、物の怪たちは嗜好品として食事することもできるらしい。

しかし一切栄養にならないので、食事というよりはアクセサリーを着ける感覚に近いようだ。

黒朱に聞いてみたところ、別に好きでも嫌いでもないと返ってきた。

夜天は、チョコレートをたまに食べたくなるそうだ。


クラスメイトたちは、ダイフクの可愛さにプルプルと震えた。

多分、全員でちょっとずつカンパしてダイフクにも~ぎゅを与えることになるだろう。

それを見ていた黒朱は、しゅるしゅると舌を揺らした。

『やっぱり毛皮はしたたかやのぉ』





次の日から、体育祭の準備のために放課後はほとんど潰れることになった。

みんなで旗を塗ったり、フェルトで羽を作って体操服に縫い付けたり、円術争の作戦を考えたり。


涼介たちと会う機会がなくなってしまったが、多分彼らも自分たちのクラスの準備で忙しいことだろう。

サボっていなければ。


体操服は学年ごとに色が違い、三年間同じ色を使う。

制服の半襟と同じく、今年度の一年生は緑、二年生はこげ茶、三年生は黄土色だ。

半袖は白地で、袖口と首回りに同じ色のパイピングがついている。

長袖長ズボンのジャージは全身指定の色なので、そこはかとなくダサい。

半ズボンがないのは怪我防止だそうだ。


ちょうど暑くなってきたので、半袖に長ズボンという夏仕様で運動会に参加することになる。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?