『転生』……それは、未練を残して死んだ哀れな魂が神の目に留まり、それまでとは全く異なる世界にて新たな力と人生を得るものである。
古今東西、様々な一般人を始めとして、時には名のある英雄達までもが、神の手によって数奇な運命を辿ってきた。
ある者は勇者として、悪の限りを尽くす魔王を討つ為に。
またある者は、世界を変える革新の天才として、技術によって世界を一変させ。
またまたある者は、逆境と、定められた結末を塗り替える悲劇のヒロインとなり、いくつもの愛を勝ち取った。
千差万別ある多種多様な異世界の数だけ、転生者達は存在し、彼らは大いなる冒険をする。そうして綴られた物語を神々は楽しむのだ。
そして今ここに、新たに一人の男が見知らぬ異世界の大地に降り立った。
――瞳に映るのは、燃え盛る天守閣。限りなく攻めてくる敵兵の姿。その中には、見知った仲間の姿もあった。
――謀反。裏切り。或いは、初めからそうだったのか。男は、守るべき姫の為、羅刹と化した。
――数限りない躯を山と積み重ね、その上で彼は逝く。その世界の全てを目に焼き付けたまま。
「ここ、は……?拙者、どうしてここに?というより、ここは一体いずこであろうか。……思い出せぬ、何ゆえだ。拙者に何があったというのだ」
顔全体をすっぽりと覆った目出しの覆面を被り、頭のてっぺんからつま先まで、全身黒ずくめの男はどこまでも続く雄大な草原の真っただ中で周囲を見回した。しかし、その風景には一切見覚えがなく、何故自分がここにいるのかも定かではない。がっくりと肩を落としたのも束の間、男は不意に聞こえてきた喧騒に耳を澄ませ、地面に耳をつけた。
「あちらの方向から、人の足音が七つ、八つ……いや、十か。解らぬことだらけだが、人がおるのならば何か解るやもしれぬ。ともかく行ってみるか」
そう呟いた瞬間、既に男の姿はその場から消えていた。風にたなびく草むらに、足跡一つすら残さずに。
「お、お嬢様ぁっ!お逃げくだ、さ……ぎゃあっ!?」
「せ、セバス!?」
草原の端、森に差し掛かろうという場所には似つかわしくない、ガーリーなワンピースに身を包んだ少女は、執事風の男が剣で刺されるのを見て思わず足を止めた。やったのは、いかにも荒くれ者といった風体の柄の悪い男達である。彼らは少女が足を止めた隙を見逃さず素早く取り囲んで、
「へっへっへ……!貴族のお嬢さんが、迂闊にこんな所をうろついてちゃいけねぇなぁ?しかも、護衛がこんな爺一人でよぉ!」
「あっ!貴方達、私が誰だか解っているの!?私に手を出せば、ただでは済まないわよ!」
「おい!聞いたかよ?私に手を出したらただじゃすまないわよ~、だってよ!こいつはおっかなくてちびりそうだぜ!」
そう言って少女を指差し、男達は誰もがギャハハと大きくゲスな笑い声をあげている。少女に対して勝ち誇って嘲る事で、彼女の脅しなど効かないと知らしめているのだ。しかも、血を見ている彼らは昂っていて、加虐心が湧いているのだろう。彼らの狙いは金品を奪うだけでなく、少女を誘拐して身代金まで要求することだ。もちろん、金を奪うまでの間に捕まえた女を凌辱することも、彼らの思惑に入っているのは明らかだ。こうして、少女の心を折ろうとするのもその一環である。
「ち、近寄らないで!指一本でも触れたら、舌を噛んで死んでやるから!」
「おお恐ぇ!あんたに死なれちゃあ困るなぁ、お嬢ちゃん。あんたの命は金になるんだ。死んだら金にならねぇよ。……いや待てよ?あんたほどの別嬪なら、死体になっても買い手がつくかもしれねぇな!」
「そりゃあいいぜ!死んでも変態の玩具にされるってか。ヒャハハハッ!」
「な、なんて酷い……!このケダモノ!」
「クックック、何とでも言いな。後のお楽しみが増えるだけだぜ。恨み言なら雇い主に言うんだなぁ」
肌にべたつくような笑みを張り付けて、男達はじりじりと少女に近づいていく。このまま捕まれば、何をされるのか想像するのは容易い。きっと、女としてだけでなく、人の尊厳を奪われるような凌辱の限りを尽くされるだろう。それだけは絶対に避けたいが、戦う力をほとんど持たない貴族の少女にとって状況は絶望的だった。そんな彼女への包囲が狭まる中、
「?おい、何やってんだ!こっちで女を捕まえるのを手伝えよ」
「……一つ聞いていいか?なぜこの男と娘を手にかけようとしている?」
「はぁ?何言ってんだ?金になるからに決まってるだろ。……っつーか、お前、誰だっけ?」
「なるほど、金が目当てか。さすればお主らは追い剥ぎか、野伏せりか。ならば、情け容赦は無用よな」
「へ?」
そう言うが早いか、十一人目の男は自らの顔の皮を剝いで、衣服を脱いで空中へ投げ捨てた。そこから現れたのは先程の覆面を被った、黒づくめの男の姿である。あまりの出来事に誰もが呆然としている中、覆面の男がゆらりと身動ぎすると、悲鳴一つ上げる間もなく追い剥ぎの男達は意識を失い倒れていった。その間、僅か一秒にも満たぬ、途轍もない速さだ。そうしてあっという間に、少女を取り囲んでいた追い剥ぎ達は全滅した。
「え?え?」
「そこの娘子、怪我はないでござるか?それとこちらの御仁、まだ息があるので薬を飲ませておこう。少々味は悪いが、まぁ、死ぬよりマシでござるからな」
そう言うと、覆面の男は腰に提げた小さな革袋から丸い薬を取り出し、手際よく執事風の男の口にそれを服ませた。すると、執事風の男は顔色を赤や青に変えつつカッと目を見開き、更に泡を吹きながら、ビタンビタンと立ち上がっては前に後ろに倒れるほどの痙攣を始めてしまった。
とても腹を刺されたとは思えない元気な動きだが、その前に瀕死の状態だったことを視ていた少女は、命を救われたのだと解ってもなお、その異常な光景に恐怖して表情を引きつらせながら黒づくめの男に問いかけた。どう見ても、死ぬよりマシとは思えない苦しみ方である。
「あ、あああ……あの、貴方は……?」
「拙者でござるか?拙者は
かくして、ここ異世界にて伝説と謳われる最強の忍者の冒険が幕を開けるのだった。