『フラれた』
夜になって滝沢からかかってきた電話は、その一言で始まった。
『ごめんなさいって言われてさ。ああいうとき、女の子ってなにも悪くないのに、なんであやまんだろうな』
「滝沢……」
滝沢の声はサバサバしていたが、そこにはむしろ深い喪失感があるような気がした。感情を整理できずに今は心が麻痺している。そんな感じなのだろう。
「悪かったな、三日森。なんか迷惑かけちまって」
「ぜんぜん迷惑なんてしてないよ。友達なんだから、変な気を使うなよ」
少し前の僕には、こんなことを言う資格はなかった。言う奴を見たらバカにしていただろう。でも今は心から、そう思っている。
「そっか……そうだよな。いいよな、ダチってさ」
「ああ」
「もしお前も好きな女ができたなら俺に協力させてくれよ。恩返しがしたいしさ」
「う、うん、そのときは、ぜひ頼むよ」
言いながら、ちょっと後ろ暗い気持ちになる。好きな人なら最初からいるからだ。
それを未だに滝沢に話したくないというわけでもなかったけれど、フラれたばかりの相手にはやはり相談しづらい。
「もともと高嶺の花だとは思ってたんだよな。花屋敷さんは綺麗だし、俺と違って真面目を絵に描いたような清楚な人だし」
「滝沢……」
なんて言えばいいのか。まともに友だちづきあいをしてこなかった僕には――いや、そんなの言い訳だ。
言葉を選ぶのは誰だって難しい。ひとつ間違えれば助けたい相手を傷つけることだってある。それでも、黙っていれば相手を傷つけずにいられるってわけでもない。
まったく、こんな面倒なことを月子はいつも僕に対してやっていたわけだ。
だから僕もやらなくては。彼女に救ってもらった心で、ほんの少しでも友達の力になるんだ。
「滝沢、僕はお前のことを、そんなに低く見積もってないぞ」
「三日森?」
「お前はいい奴だ。クラスの男子の中で一番いい奴だ。だから、自信を持ってくれ……そんなふうに自分を卑下なんてするなよ……」
「三日森……。お前、泣いてんのか?」
「泣いてなんか……いないよ」
そうは言ったけど僕は泣いていた。感情を持て余して声が震えている。
友達が失恋したことが悲しかった。ちゃんと励ましてやれない自分が恨めしかった。もっといい言葉があるだろうに僕に言えたのはこんなていどのものだ。
「三日森、ありがとうな。こんな俺なんかのために泣いてくれるなんてマジで救われたよ。本当にダチっていいもんだ」
滝沢の声は今まで聞いたことのないぐらいやさしかった。励ますつもりが励まされている。それに気づいて僕はまた泣いた。自分が情けなくて泣いた。
だけど、それに気づけるようになっただけ、僕は少しでもマシな人間になれたのだと信じたい。
そしていつかは、ちゃんと誰かを支えてあげられる、そんな人間になりたかった。