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第75話 最後の四天王

 陽楠学園へと続く長い上り坂を、うつろな目をした若者たちが黙々と歩いていく。

 すでに日は暮れており。街灯にはおぼろげな明かりが灯っていた。

 朱里から聞いた話によれば、彼らを正気に戻すためには、所持するペンダントを取り上げるか、破壊する必要があるらしい。

 希美たちよりも一足先に現場に到着していた朋子とエイダは、ひとまず彼らを止めようと駆け寄るが、その行く手を阻むように四つの影が現れる。

 フードを被った長身の男たちのようだが、その体格には朋子もエイダも覚えがあった。


「まさかとは思ったが、あの結界から抜け出してくるとはな」


 声を発するとともに先頭のひとりがフードを脱いで素顔をさらけ出す。

 つり上がった目尻に、歪な笑みを湛えた口元。髪は青く染めてすべて逆立てていた。


「我々はサヨナラ四天王!」


 宣言する声はハモってはおらず、ひとり分しか聞こえてこない。バレバレという事実を未だに認識していないのか、彼は大きな刀を振りかざして、いかにもといったポーズを取った。


「俺はリーダーのザンゲ! 四天王が最後の切り札にして、常勝かつ不敗の男! 人呼んでサイレント・ザンゲだ!」


 大見得を切って叫んだところで、やや強い風が吹く。それに煽られて後ろに並んでいた人影のひとつが倒れて乾いた音を立てた。


「…………」


 気まずい沈黙が流れ、ザンゲとやらの頬を冷や汗が伝う。


「やっぱり、ひとり四役か」


 肩をすくめる朋子。それでもザンゲは大慌てで倒れた人影に駆け寄って元通り立たせようとするが、再び突風が吹いて人影が身につけていたマントが宙に舞った。


「ああっ……」


 悲しげな声を発するザンゲ。マントは高々と舞い上がって、人影の骨組みになっていた粗末な支柱が剥き出しになっている。


「いや、もうごっこはいいからさ。時間が惜しいし」


 口にしながら朋子が思ったのは、時間稼ぎだとしたら、それなりに成功してしまっているという事実だ。もちろん、そんなしたたかさがある男には見えないが。


「こ、今回は四天王の一人、ザンダは欠席だ。風邪をひいてしまってな」


 なおも言いつくろって誤魔化そうとするザンゲ。

 だがエイダが冷静に指摘する。


「そんな名前の四天王はいなかったはずですが?」

「ザンキ、ザンギ、ザンク、でもってザンゲだっけ? 君で最後のはずだよ」


 朋子が追い打ちを掛けると、ザンゲは動揺しつつも知恵を働かせたようだ。


「ザ、ザンギのフルネームはザンギ・ザンダなんだ!」

「ザンキは?」

「ザンキ・ザンザ!」

「ザンクは?」

「ザンク・ザンマだ!」

「君は?」

「ザンゲ・ザンバだ!」

「ザンキは?」

「ザンキ・ザンゴだ!」

「変わってるし」

「くぅぅーっ」


 朋子に引っかけられてザンゲは悔しそうに頭を抱えた。それでも、すぐに開き直って、やけくそ気味に叫ぶ。


「さすがだな、地球防衛部! ここに来て四天王のカラクリを見抜くとは!」

「いや、とっくに見抜いていましたが」


 エイダのつぶやきは聞こえないフリをして、ザンゲは身に纏っていたマントを脱ぎ捨てた。


「さあ、勝負だ! 地球防衛部! どちらからでもかかってこい!」

「そこは〝ふたりまとめて〟でしょ」


 朋子がツッコむが、やはりこれも無視して、ザンゲが大地を蹴った。

 かかってこいと言いつつ、自分から太刀を抜き放って回り込むような動きで突っ込んでくる。鞘の下から露わになった刀身は漆黒だったが、こればかりはハッタリの品ではなく危険なものに感じられた。

 迎え撃つためにエイダが前に出る。

 一方の朋子はそれに背を向ける形で、最初に現れた残りの人影に向き直った。


「なにっ!?」


 驚きの声をあげたのはマントで身を包んでいた人影のひとつだ。残りふたつはハリボテだったが、ひとつだけ人間が隠れており、ザンゲと挟撃する形で、こちらに向かって踏み込もうとしていた。あえてダミーを見抜かせて油断を誘い、不意打ちを仕掛けるという作戦だっただろう。

 だが、ザンゲがさりげなさを装いつつ、立ち位置を調整していたことに朋子は気がついていた。

 不意打ちには失敗したが、それでもそいつは止まることなく襲いかかってくる。

 手にしているのは柄の長い鎚矛メイス。朋子の金色の大金槌ロングハンマーと同じく敵を殴打する武器だ。

 朋子は金色の大金槌ロングハンマーを振るって、これを迎撃する。重量感のある武器同士が激突し、お互いに大きく弾き飛ばされた。

 衝撃はかなりのものだが、金色の武具アースセーバーの魔力によって強化された身体は、その重さを問題なく支えきり、アスファルトの上を滑りながらも転倒は免れる。

 相手も似たような状況だが、奇襲に失敗した上に渾身の一撃を防がれたことで、少なからず動揺しているようだ。

 畳みかけようと金色の大金槌ロングハンマーを構え直したところで、風に煽られて相手のフードがはだける。

 現れたのは見覚えのある少女の顔。希美のクラスメイト、聖深天だ。


「色々と、えげつない真似をしてくれるわね。人を騙したり操ったり、友達を裏切ったり」


 朋子が指摘すると、そいつは小馬鹿にしたような笑みを浮かべた。

 それを見て朋子は眉をひそめる。


(あの娘じゃない……?)


 姿形こそ深天と同じだが、当人と断じるには違和感があった。

 だが確かめるのは後だ。胸中に浮かび上がる疑念はあえて無視して、油断なく金色の大金槌ロングハンマーを構える。

 深天に似たそいつは歪な笑みを浮かべつつ、再び鎚矛メイスを手に殴りかかってきた。

 おそらく魔力によって身体機能を強化して、超人と化しているのだろう。その動きは金色の武具アースセーバーによって超人化している朋子のそれと比べても遜色のないレベルにあった。



 ザンゲが手にした太刀は間違いなく魔法の武器だ。それでいて漆黒の刃からは、いかなる魔力も感じない。

 繰り出された斬撃を聖剣ブライトスターで凌ぎ続けるエイダ。湿った大気の中でダークシルバーの髪が軽やかに踊る。だが、その表情に余裕はない。

 一方のザンゲは涼しい顔のまま感心したようにつぶやいた。


「ほう……さすがだな、円卓の騎士。いかなる気配も消し去るこの刃を、こうも器用に受け流すとは」


 本来、人が操る武器には、たとえそれが魔力の品でなくとも、なんらかの気がこもるものだ。殺気や、人によっては闘気と呼称するそれを、超人レベルの戦士は敏感に感じ取って戦っている。だからこそ、目では追いきれないような速さに対応できるのだ。

 だがザンゲの太刀は、それを一切感じさせない。しかも、この薄暗がりの中、刃の色は漆黒と来ている。常人よりも遙かに優れた動体視力を持つエイダでさえ、視認するのは困難だった。

 それでも人が操っている以上、身体の動きで太刀筋を予測することは可能だ。それはザンゲにも分かっているのだろう。


「だが、これならどうかな?」


 彼は近くの街灯をことごとく叩き斬ると、さらに太刀を天に掲げる。


「見るがいい! あの暗雲を!」


 言われるまでもなくエイダも気がついていた。天候が悪化しかけている。

 雨が降り始めれば視界はさらに悪くなり、なおさらこちらが不利になるだろう。そうなる前に決着をつけたいところだが、どうやらザンゲは今の武器が本来の得物らしくザンキとして戦った時よりも遥かに手強い。


(どうする……?)


 焦るエイダだが、これといった打開策は浮かんでこない。

 それでも円卓の騎士ともあろうものが、こんな相手に後れを取るわけにはいかない。


「必ず倒します!」


 エイダは気を吐き、さらにスピードを上げて斬り込んでいく。

 対してザンゲは防御を重視した戦術に切り替えて、着実に時間を稼いでいった。

 やがて雲が空を覆い尽くし、静かに雨が降り始める。

 勝利の瞬間を予感したかのように、ザンゲは残忍な笑みを浮かべた。

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