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第119話 上手くいきすぎている

 西御寺家の居間で、ハルメニウスは目を閉じたまま思索に耽っていた。

 陽楠学園の屋上での戦いで、不覚にも追い詰められたは、槇村の呼びかけを頼りにその内側に逃げ込むとともに、召喚した力を儀式のために集められた若者たちに分割して隠すことで、辛うじて難を逃れた。

 槇村から、さらに居心地の良いイブ・ゼロスリーに移ったハルメニウスは、人知れず暗躍し、自分が力を預けた若者たちから力を回収してまわったが、すべて集め終えてもなお、その力は予定の半分にも満たなかった。

 原因は黒髪の魔術師が手にしていた金色の武器による一撃だ。

 それを受けた時点では視覚も機能しておらず、その一撃が何の力によるものか不明だったが、槇村に入り込み、その記憶を盗み見たことでハッキリした。

 小夜楢未来に驚くほど良く似たその魔術師は、魔力の質まで彼女のそれに酷似していた。お陰で、まんまと騙されて飛びかかってしまったが、いかに似ていようともの器としての資質は持ち合わせていない。ハルメニウスにとっては何の価値もない、ただ危険なだけの存在だ。

 足止めのためにマリスを送り込みはしたが、大した時間稼ぎにはならなかったらしく、すでに吹雪の結界の中に入り込んでいる。

 この状況では正確な居場所を把握できないが、あの小賢しい暗殺者と教祖が生きていれば合流を果たした頃合いだろう。

 予定どおりに事が運べば、暗殺者からの絶大な力を聞いて恐れ戦き、少なくとも一度は撤収しそうなものなのだが……。

 ちょうどそれを考えていたとき、に残された唯一のシモベである槇村が室内に飛び込んできた。


「ハルメニウス様、計画通りです! 連中は尻尾を巻いて逃げ出しました」

「そうか」


 したり顔ではしゃぐ槇村だが、ハルメニウスとしては取り立てて僥倖ということもない。自分の思い通りに事が運ぶのは、むしろ当然のことだ。


「先ほど使い魔が戻り、奴らがバイクと車で遠ざかっていくのをハッキリと見たそうです」


 ここでいう使い魔とはハルメニウスが造り出した飛行型のマリスのことだ。

 強大な力を持つハルメニウスにはマリスを造り出す力があり、それにあるていどの知能を持たせることが可能だった。


「円卓の騎士はどうしている?」

「はい、最初に命じたとおり、大人しく未来の見張りを続けています」


 ハルメニウスがエイダにそれを命じたのは、実際のところ、未来とふたりまとめてセラフたちに監視させるためだ。

 シモベが槇村だけというのはあまりにも不便なため、できることなら味方に引き入れたいと考えたが、現時点で彼女の寝返りを鵜呑みにするわけにはいかない。


「後はこの器の回復を待って、未来の身体を得るだけだ」


 前述したとおり、現在のハルメニウスの力は当初の予定の半分にも満たないが、それでさえ、この器で操るには大きすぎるものだった。一度大きな力を使うと、その負荷によって体力を一気に消耗してしまうのだ。余りある魔力も、これでは宝の持ち腐れだ。やはり神の巫女としての資質を持つ未来の身体が必要不可欠だった。

 本来であれば、月の出を待って儀式の続きを行うのがセオリーだが、時間をかけると次はどんな邪魔が入るか知れたものではない。

 この器の体力が回復しだい、すぐにでも儀式を強行し、夕刻までには未来の身体を手に入れるつもりだった。


(先ほど調子に乗って力を使いすぎたな)


 敵への脅しとして巨大な雪塊を落としたが、それが意外に応えていた。


人造生命体ホムンクルスとはいえ、このていどか)


 現在の器であるイブ・ゼロスリーの身体を見下ろしながら嘆息する。

 こんなことならば早々に深天の身体を確保しておくべきだったかもしれない。

 あちらは神の器として調整されているため、未来ほどではないが、多少なりとも適性が高かったはずだ。


(だが、どのみち後少しの……)


 楽観的に考えかけたところで、ふとピンクの目覚まし時計が目に入り、ハルメニウスは眉をひそめた。


「いかがなさいましたか?」

「……いや」


 何か記憶に引っかかるものを感じた気がしたのだが、上手く思い出せない。得体の知れない不安を感じて、ハルメニウスは落ち着かない気持ちになった。

 それが顔に出ていたのだろう。槇村がおずおずと訊いてくる。


「やはり、もう少し守りを厚くしましょうか?」


 べつにそんな心配はしていなかったのだが、ハルメニウスは自分の内心を誤魔化すために頷いた。


「そうだな。上手く行きすぎているのが、かえって気に入らん」

「はい」


 槇村はすぐさま立ち上がって部屋を出て行く。

 それを見送りながら、ハルメニウスは自分が口にした言葉に奇妙な説得力を感じていた。

 改めて考えてみれば、他の者はいざ知らず、あの黒髪の魔術師だけは逃げ出すイメージが湧かない。

 適当に口にしたはずの懸念が本物の懸念に取って代わった時、ちょうどどこか遠くの方で、くぐもった爆音が鳴り響いた。


「まさか……」


 口にはしたが他には考えられない。やはり敵は逃げ出してなどいなかったのだ。

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