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第118話 地球防衛部、出撃!

 情報交換は希美が魔術で造り出した大きな雪室かまくらで行われた。

 外は相変わらず吹雪が荒れ狂い不気味な風音が響いているが、ここは静かで快適だった。ご丁寧に雪を固めて作ったスツールが並んでいて、一行は思い思いにくつろいでいる。

 それぞれの情報を交換して、状況を整理したところで、まずは藤咲が発言した。


「エイダが味方だっていうのは確かなのか?」

「それに関しては心配は無用だ。もし本気で裏切っていたなら、金色の武具アースセーバーは持ち上がらん」


 篤也は金色の傘アンブレラを軽く持ち上げて見せた。この傘に限らず、金色の武具アースセーバーには持ち主が担い手に相応しいかどうかを見定める力がある。

 あの時エイダは金色の傘アンブレラを拾って投げただけでなく、自分の左腕に手甲に変じた金色の円盾ラウンドシールドを付けたままだった。

 それを付けている限りは味方であることを確信できる。


「でも、いくら彼女が円卓の騎士でも、ひとりで未来を救い出せるとは思えないわ」


 耀の声は沈んでいた。

 なんと言ってもハルメニウスの圧倒的な力を、まざまざと見せつけられた後だ。雪室の外で、今もなお吹き荒れる吹雪からも、その絶大な魔力を窺い知ることができる。


「不甲斐ない話だが……」


 遠慮がちに前置きして、篤也は正直な気持ちを一同に告げる。


「我々は手を引くべきだと思う」

「そんな!?」


 慌ててくってかかろうとする藤咲を片手で制して続ける。


「未来を見捨てるつもりはない。ただ、我々では無理だと言っているのだ」

「円卓に頼むってこと?」


 朋子が不安げに問う。

 もちろん、篤也にも彼女の懸念は理解できる。それでは時間がかかりすぎるというのだろう。円卓は強大な組織ではあるが、その反面小回りが利かず、よほど重大な案件でもない限りは迅速な対応は望めない。

 ハルメニウスに関しては、その重大な案件に思えるが、それでも組織の精鋭が駆けつける頃には、未来は身体を奪われているだろう。

 だが、篤也にはそれ以外にも、こういう状況で頼れる相手がいた。


「いや、私が考えているのは柳崎探偵事務所だ」

「先輩たちに?」


 朋子も地球防衛部にとって伝説的な彼らの噂は、昨年の卒業生たちからも聞かされているはずだ。


「それって、あいつがラブな相手がいるところか?」


 藤咲が希美を指差した。

 当の希美は、またしてもコカトリスに頭の上を占拠されて、冴えない顔で猫背になっていた。よほど気に入っているのか、今も口にパラソルチョコをくわえている。考えごとをしているのか会話には入ってこない。

 そちらを見やった後、篤也は藤咲にうなずきを返した。


「そうだ。彼らならば、たとえハルメニウスが本物の神であったとしても、滅することが可能だろう」

「そんなにすごいんですか?」


 朱里が目を丸くしているが、六年前の篤也もまた似たような顔をしていたはずだ。昴の仲間の超能力姉妹は、そもそもが神殺しのために異世界で造られた人造人間だ。その力は神獣すら凌駕している。


「とにかく、彼らに任せておけば問題はない。おそらくハルメニウスは儀式に最適な夜を待って、未来の身体を奪うつもりだろうが、彼らの仲間には強力なテレポーターがふたりもいる。夜までには余裕で駆けつけてくれるだろう」


 説明し終えると、朋子たちもようやく納得した様子だった。

 それでも未来に恋い焦がれる男は、ひとり難色を示す。


「助けを求めるのはいいとしても、そいつらが来るまでは俺たちだけでも未来さんの救出を試みるべきだろ。万が一にも間に合わなかったら、どうすんだよ」


 心情としては理解できるが、理性的ではない意見だ。

 諭すように耀が告げる。


「それは死にに行くようなものよ。未来はわたしにとっても大事な友だちだけど、あの娘だって自分のためにわたしたちが玉砕することなんて望んでいないわ」

「けど、未来さんが……」


 なおも食い下がろうとする藤咲だが、それを遮る形で深天が告げる。


「あなたは自分の恋心のために、わたしたちに命を捨てろと言うのですか」

「それは……」


 藤咲もさすがに言葉に詰まった。冷静さが欠如した彼のために深天はあえてキツイ言葉を選んだのだろう。

 だが、そのていどで収まりがつくほど、藤咲は大人ではない。


「なら、俺ひとりで行く。それなら文句はねえだろ」


 金色の剣を握りしめると不機嫌そうに顔をしかめて、そっぽを向いた。

 篤也は真顔でうなずく。


「ああ、それならば文句はない」

「頑張ってね」


 朋子が薄情なふりをして追い打ちをかけた。

 藤咲は真っ赤な顔をして、ふたりを睨みつけた後、自棄になったように叫ぶ。


「ああ、ああ、頑張って助け出すさ。見てろよ、この俺の愛の力を!」


 肩で剣を担ぐようにしながら大股で雪室の外まで歩いて行くが、そこでピタリと立ち止まった。さすがに気づいたようだ、ひとりでは方角も分からず、雪の中で遭難するのがオチだということに。

 しばらくそこで立ち尽くした後、藤咲は回れ右をして希美の元へと駆け寄った。その肩に馴れ馴れしく両手を置いて説得を試みる。


「希美、お前なら俺の気持ちを分かってくれるだろ!? お前はほら、なんだ……その、俺たちのヒーローなんだからさ」

「それを言うならヒロインじゃねえか?」


 意外なところからツッコミが入る。人々の輪から、やや離れたところに立っていた慚愧だ。

 彼が味方にいるというのも奇妙な感じだが、篤也はふと、どこかで会ったことがあるような気がして首を傾げた。かつての友人や同僚、ついでに部活の卒業生の姿まで思い浮かべるが思い当たる?はない。


「お前は留守番していたほうがよくないか?」


 希美の言葉が耳に入り、篤也は慌てて顔を上げた。


「雨夜?」

「留守番なんてしてられるか。っていうか、それってやっぱり助けに行くってことだよな!?」


 藤咲が期待を込めて希美を見つめる。

 希美は自分の肩に置かれた手をやや乱暴に除けると、どことなく面倒くさそうな顔で答えた。


「この状況で助けに行かないはずがないだろ。葉月くんたちを待っていたら、間違いなく手遅れだ」

「待て、雨夜。確かにお前は私や耀以上の魔術師だが、ハルメニウスの力はあまりにも絶大だ。この雪山や吹雪を見れば分かるだろう」


 篤也が焦って告げるが、希美は平然と反駁する。


「マリスが人間を凌駕した魔力を持つことなんて、別にめずらしい話じゃないだろ。それでいちいち逃げ腰になっていたら、世界はとっくに魔物の楽園だ」

「それはそうだが、奴は一般的なマリスとは何かが違う。神獣の眷属であるセラフを使役していることからも、それは明らかだ」


 表情を硬くする篤也。

 希美は呆れた顔で溜息まで吐いた。


「先生。まさか先生は、そのセラフを本物だと思い込んでいるんじゃないだろうな」

「なに?」


 指摘を受けて篤也も初めてその可能性に思い至る。確かにあれを本物だと断ずる証拠は何もない。


「お前はあれがニセモノだというのか?」

「でも、アレは未来が全力で放った攻撃魔術を受けても、微動だにしなかったのよ」


 耀が見たままを口にするが、希美の意見は変わらない。


「それって、セラフが本物だという証拠になるのか?」

「それは……」


 訊き返されて耀も確信が揺らいだようだ。

 篤也もまた考えを改める。


「言われてみれば、確かに雨夜の言うとおりだな。よくよく考えてみれば魔術を防御する手段はいくらでもある。ハルメニウス自身が魔術によって防いだ可能性もあれば、あのセラフが防御に特化した、ただのマリスだという可能性もあったのだ」


 うなずきを返す希美。そのまま敵についての心証を口にする。


「わたしが見たところ、ハルメニウスはとことん小賢しい奴だ。実際はただのマリスでありながら、幻神ファンタムのふりをして自分を実際以上に大きく見せていた。セラフモドキを始め、今もハッタリばかり積み重ねて、わたしたちを牽制している」

「そう考えると、わたしたちが足止めを食った、あのマリスもハルメニウスが放ったものかもしれないね」


 朋子が告げると、希美もこれに同意した。


「そう考えるのが自然ですね。実際、まんまと分断されてしまいましたし」

「なんでお前は顧問にはタメ口なのに部長には敬語なんだ?」


 関係のないところで指摘を入れる篤也。

 無視して希美は続けた。


「これを踏まえて考えると、先生たちに見せた巨大な雪塊を使ったパフォーマンスにも姑息な意味があると考えるのが自然だ」

「パフォーマンスって……実際に危機一髪だったんだけど?」


 耀が嫌なものを思い出すような顔をする。


「でも、実際に死ななかったでしょ?」


 苦笑する希美。


「そもそも、本当に絶対的な力の差があるのであれば、わざわざそんな不確実な方法を選ぶはずがないんだ。魔力の消耗は激しいし、ちょっとした裏技で簡単にかわされかねない」

「むぅ……」


 篤也は自分の手にある金色の傘アンブレラを見つめながら呻いた。


「言われてみれば確かにそのとおりだ。あの時はこれが一番確実だったが、他の手段が思いつかなかったわけでもない」


 もちろん別の方法を試した場合は助からなかった可能性もあるが、どちらにせよハルメニウスのやり方が確実性に欠けるものだったということは事実だ。


「そうね。言われてみれば、わたしたちを殺すだけなら、セラフをけしかければそれですんだはずだわ。もちろん、あれがホンモノのセラフならだけど」


 耀もようやく頭が回り出したらしく、冷静な分析を口にした。


「なるほど、言われてみれば確かにそうだ。考えれば考えるほど何もかもがハッタリくさいな」


 面白がるように慚愧は笑った。

 うなずき、希美が続ける。


「おそらくハルメニウスの狙いは、わたしたちをビビらせて儀式までの時間を稼ぐことだ」

「そういえばさっき、お前は間に合わないと言ったな? それはつまり奴が月の出を待たずして儀式を強行するということか?」

「そうだ。儀式に最適なのは確かに月の出ている夜だが、それは絶対条件じゃない。そもそも儀式はあの夜、陽楠学園の屋上で半ばまで進行しているんだ。後は未来の身体を乗っ取るだけだし、必要な力が集まれば、その時点で強行するだろう。あいつはわたしたちの妨害を怖れているんだから、これに関しても疑いの余地はない」

「なるほど、私としたことが、まんまと敵の術中に乗せられていたというわけか」


 自嘲気味に笑う篤也だが、それはハルメニウスにしてやられたからではない。教え子にあたる希美の聡明さに舌を巻く思いだったからだ。


「ちょっと待ってくれ。よく分かんねえが、急がねえとマズイってことだよな!?」


 慌てる藤咲だが、希美はむしろのんびりとした調子で答える。


「急いだほうがいいのは事実だが、ハルメニウスはハッタリのために、かなり力を消耗したはずだ。なにせ、こんな吹雪を呼んだ上に、雪山をひとつ造り出すほどの魔力を使ったんだからな」

「でも、急がねえと、未来さんも心細い想いをしているだろうし」


 よほど落ち着かないのか、その場で駆け足しながら藤咲が言う。

 少し考えて篤也もうなずいた。


「そうだな。なにせ相手には槇村というSMマンがいるのだ。ヘタをするとハルメニウスが身体を乗っ取る前に、未来は別の意味で身体を奪われるかもしれない」

「そんなこと絶対に認められるかぁぁぁっ!」


 藤咲は反射的に猛ダッシュして雪室の外に飛び出していった。

 たぶん、出たあたりで待っているとは思うが、大層なハッスルぶりだ。


「先生、槇村は……」


 深天が不安げな眼差しを向けてくるのを見て、篤也は真面目に答えた。


「言葉を交わしたところ、奴は人の心を失ったわけではないようだ。だが、人として道を踏み外している」

「やはり……」


 か細い声でつぶやき、うつむく深天。

 その肩を耀がそっと抱き寄せた。


「償わせましょう。わたしたちで」

「はい、教祖様」


 うなずく深天。その態度をる限り、意外にも耀に対するわだかまりは感じられない。お互いハルメニウスの被害者であるという事実を受け入れているのだろうが、それができるというのは大したものだ。

 多くの場合、人間は根本的な加害者よりも、怒りをぶつけやすい相手に憤りをぶつけるものだからだ。犯罪者ではなく、犯罪を阻止できなかった警察官にくってかかるというのは、その一例だろう。

 希美は雪室の床の上に置いてあったヴァイオリンケースを持ち上げて背負い直すと、仲間たちの顔を見回すようにしてから口を開く。


「ハルメニウスがハッタリマリスであることに疑いはないが、それでも危険な敵であることに変わりはない。おそらくは幻神ファンタムの力も取り込んで、人間の魔術師とは桁違いなレベルに強大化しているはずだ」


 たとえハッタリのためだったとしても、巨大な雪山を生み出したのは事実だ。それは希美や篤也に真似のできる芸当ではない。


「でも、ここで手をこまねいていれば未来はもちろん、エイダの身も危うくなる。みんなの力が必要だ。未来を助け出すために力を貸してくれ」

「勝算はあるのか?」


 慚愧が問うと、希美は意外にもハッキリと頷いた。


「戦いは駆け引きだ。単純な力の総量で決まるわけじゃない」

「それはまあ道理だが、パワーの差も無視はできねえぜ」

「もちろんだ。だから勝つための策は考えてあるが、そのためにもまずは未来を取り戻したい」

「なるほど。だが、考えようによっちゃあ、あの女さえ助け出せたなら、無理にハルメニウスと戦う必要はねえんじゃねえか?」

「そのへんはまあ、状況次第だな」


 希美が慚愧との対話を終えたところで、朋子が一歩前に進み出る。


「それじゃあ、話もまとまったところで……よし! いっちょ気合いを入れていきますか」


 いつもどおりの淀みのない笑顔に仲間たちがうなずきを返し、最後にコカトリスがニワトリらしい鳴き声を響かせた。

 それぞれに自分の得物を手にして雪室の外へと向き直る。

 金色の大金槌ロングハンマーを高々と掲げて朋子が号令を発した。


「地球防衛部、出撃!」


 一同は雪室の入り口に佇むエクウスに向かって駆け出した。

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