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第131話 コカトリス

 藤咲はひとり、瓦礫の上に腰かけていた。

 目の前をニワトリが行ったり来たりしては地面をくちばしでつついている。

 やや離れた場所では彼の仲間たちが、それぞれにセラフモドキを追い詰めていた。

 深天と耀の姿だけは、ここからでは確認できないが、落ち武者を消してくれたのはおそらくそのふたりだ。それを考えれば心配の必要はないように思える。

 肩を落として、やるせなく溜息を吐く。


「情けねえよな、俺は。大した働きもできずに、途中でへばって足引っ張って……」


 調子が良かったのは序盤だけだった。朱里でさえ戦い続けているのに真っ先にスタミナ切れを起こして、もはや立つこともままならない。


「未来さんを助けに行くこともできねえなんて……」


 一番気がかりなのは彼女の安否だが、疲れ切った身体に鞭を打ったところで、吹雪の中で迷子になるのがオチだ。そんなことになれば助けるどころか、逆に足を引っ張って彼女たちを窮地に追いやりかねない。


「葉月昴って奴なら、こんな時でも彼女たちの助けになれんのかなぁ」


 先ほどから藤咲が話しかけているのは、目の前をうろうろしているニワトリのコカトリスだ。

 当然答えなど期待していないが、そんな相手だからこそ話しかけたくなる時もある。しかし、


『他人と自分を比較して己を卑下する必要などあるまい』


 頭に響いた声に藤咲はギョッして顔を上げた。

 視線の先にはコカトリスがいて、いつの間にかジッと彼の方を見つめている。


「え? ……え?」


 まさかと思って見つめていると、さらに声が響く。


『人の能力は生まれながらに大きな差異がある。大事なのは与えられた能力をいかに振り絞るかだ』

「…………」

『お前はお前にできることを精一杯やった。それでじゅうぶんだ』


 茫然と藤咲が見つめていると、コカトリスは興味を失くしたかのように、再び地面をつつき始めた。

 今の声がコカトリスのものなのか、あるいは幻聴なのか、藤咲には判断がつかない。

 試しにもう一度声をかけようかと顔を上げた藤咲は、目の前の景色に違和感を感じて目を丸くした。


「これは……」


 村を取り巻くようにそびえ立っていた白い壁がゆっくりと薄れ、遙か彼方に嶺の連なりが浮かび上がってきている。


「吹雪の結界が消えたのか……」


 金色の剣ソードを支えによろめく足で立ち上がると、藤咲はぐるりと周囲を見渡した。どちらを向いても青い空が彼方まで続いているのが見える。


「希美たちがハルメニウスをやったのか……?」


 期待を込めてつぶやくが、次の瞬間、遙か遠方で凄まじい爆炎が噴き上がった。


「違う。ハルメニウスの奴が未来さんたちを見つけ出すために結界を解きやがったんだ……」


 自分の勘違いを悟ってつぶやく。

 もしあれがハルメニウスの攻撃で、あの炎の中に未来がいれば――火山の噴火のごとき黒煙と、天まで焦がすような炎を前にして、怖ろしい想像が脳裏をかすめる。


「未来さんっ」


 思わず駆け出そうとするが、膝に力が入らず藤咲はその場でつんのめってしまった。



 姿を隠した未来たちを見つけ出すために、ハルメニウスはあえて吹雪の結界を解いた。相手は上手く魔力を隠蔽しているようだが、視界が晴れれば相手の姿は、拍子抜けするほど簡単に見つかった。


「手こずらせおって!」


 魔術による飛行でふたりの頭上に超高速で移動する。

 愚かな魔術師たちは、まさかが吹雪を消すとは思っていなかったのだろう。茫然とこちらを見上げたまま逃げることさえできないようだった。


(必要なのは未来だけだ。邪魔なもうひとりは、ここで殺しておこう)


 決断して急降下するが、その途中で違和感を覚える。


(あの生意気な魔術師にしては、いくらなんでも対応が遅すぎるのではないか?)


 嫌な予感を感じて、ひとまず急停止するが、間に合わなかった。

 の足下に人間の魔術師が作ったとは思えないほどの巨大な魔法陣が浮かび上がる。


「なん――だと!?」


 同時に足下に立っていた魔術師たちの姿が崩れ去った。


雪人形ダミーか!」


 ハルメニウスが狙っていたものは、固めた雪に魔術をかけて、それらしく偽装した囮に過ぎなかったのだ。

 慌てて退避しようとするが、魔法陣から生じる途方もない力が、ハルメニウスの身体に絡みつく。


「これは――!?」


 その正体に気づいたのは、為す術もなく雪の上に叩きつけられた後だった。


「重力制御か!」


 地表に生じた魔法陣の正体は超重力を生み出すためのものだったのだ。

 しかも敵の攻撃はこれで終わりではない。

 地表の魔法陣はそのままに、今度は頭上に同等の大きさの魔法陣が生じる。今度は明らかに攻撃のためのものだ。


「バカな!」


 魔法陣から生じる炎を見て、ハルメニウスが凍りついた。

 いかに絶大な魔力を持つでも、器が破壊されてしまえば今度こそ霧散するしかない。


「おのれぇぇぇっ!」


 悪鬼の形相で怒声を張り上げながら、それでもハルメニウスは状況を打開すべく適切に魔力を振り絞った。

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