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傷跡を刻む時刻
傷跡を刻む時刻
小判鮫
ミステリー警察・探偵
2025年06月01日
公開日
4,530字
完結済
天才探偵の夢望は殺人事件が起こったという雨音からの知らせで目を覚ます。夢望は自身の慰安旅行でこのホテルに泊まっていたため、事件の知らせを聞き、うんざりするが、限定15食の特大フルーツパフェのため、事件の早期解決を目指す。

第1話

夢望ユノ、ホテルで殺人事件らしい」


「はぁ、自由の女神は俺に微笑んではくれないらしい」


僕の名前は馬生田ばみゅうだ雨音あまね。天才探偵である夢望に惚れ込んで探偵助手をさせてもらっている。


今回、殺害されたのは有名金持ち社長のビル。仕事でこのホテルに泊まっているところ、何者かに殺害された。


「凶器はこの灰皿だね!」


僕は床に転がっていた血のついた灰皿を指した。


「他に気付くことは?」


夢望はまだ寝惚け眼で、ベランダで日光を浴びていた。


「部屋の中が荒らされている。強盗殺人かもしれない」


「そうかもね」


やる気のない彼の返事に僕は苛立ち、つい、無意味にも苦言を呈してしまった。


「ユノ!人が殺されてるんだぞ!?」


「だから、何?」


夢望はこういう奴だって、嫌でもわかっているから、先程の発言をもう後悔し始めている。さらに夢望は続けて、


「俺の貴重な慰安旅行をめちゃくちゃにしやがって、お前には感謝の"か"の字もないんだな」


と高圧的な態度で、僕にある言葉を求めてきた。つくづく、人間を苛つかせる天才だと思う。


「ごめんなさい。そして、ありがとう」


「ふふっ、ランチはお前の奢りだ」


と悪そうに微笑んだ。そして、スっと死体の手首を指さした。そこには壊れた高級な腕時計が2時15分を指していた。


「……犯行時刻っ!!」


僕は吃驚してその情報に飛びついた。


「ふっ、馬生田くんの目は節穴か?」


と夢望に嘲笑された。


「でも、強盗殺人ならばもう犯人は逃げちゃってるかな?」


「馬生田くん、これは強盗殺人なんかじゃない。身近な人間による突発的な犯行だよ」


と夢望は既に犯人が分かっているかのような口ぶりでそう断言した。僕は何故、断言できるのか不思議に思いつつもそれに魅了された。


「何故、身近な人間による突発的な犯行だとわかるんだ?」


「君はこの床を見ても何も思わないのかい?何故、こんなにも煙草の吸殻が散らかってるんだ?って。……これでもう、お分かりだね?」


夢望はアドバイスをしてから、僕に期待の籠った眼差しを向ける。僕はしばらく黙り込んだ後に、ピンときた


「犯人はこの部屋に置いてあった灰皿を咄嗟に掴んで、被害者に殴りかかった。つまりこれは計画的な犯行ではない。それに加えて、犯人は被害者の部屋に堂々と入れる人間。何故かと言うと、灰皿は普通、ベランダのテーブルに置いてある。強盗殺人なら部屋の一番奥にあるベランダには辿り着けないはずだ」


「大正解だ、馬生田くん。そうとなったら、早く聞き込みを開始しよう。限定15食の特大フルーツパフェが他の奴に食べられてしまう」


と11時から始まるカフェでの特大フルーツパフェを楽しみにしている夢望が足早に部屋から出た。それを追いかけるように僕は駆け足でついて行った午前5時。


まずは被害者の妻、エリザベスに話を聞いた。


「私は自宅からここまで車で2時間かけてきたのよ!?わざわざここまで来て、殺すわけないじゃない!!殺すとしたら自宅で殺すわ!!」


と開口一番から怒鳴ってきて、何度も事情聴取されることにうんざりしている様子だった。


「すみませんが調査なので……。ご協力頂けますか?」


と僕が腰を低くして尋ねると、渋々「わかったわ」と言って、昨夜2時頃に何をしていたか教えてくれた。


「その時間は、私のお気に入りの執事アイボリーとお酒を飲んでいたわ。ね、アイボリー?」


「はい、奥様はとてもワインがお好きな方なので」


と彼は柔和な微笑みで同意を示した。


「車の運転は、君が?」


と夢望が指さして尋ねると、彼は夢望にも柔和な微笑みを向けて、


「左様でございます。2時半頃に自宅を出て、ここまで運転してきました」


と丁寧に説明をした。


「飲酒運転だな、あれは」


夢望はそんな彼を見て、悪魔のような笑みを浮かべ、僕にそんなことを耳打ちしてきた。


「そんなことを言うのはやめろ!」


と僕は小声で夢望を叱った。けれど、そんな僕の様子も夢望は楽しんでいるようだった。


「それで、お二人さんは仲良いの?男女として」


夢望がふざけたようにそれを言うと、その2人はそれを肯定するかのように不自然にお互いを見ないようにした。


次は旦那の執事、ドニーに話を聞いた。


「旦那様が亡くなられるなんて、大変ショックでございます……」


と心底、悲しそうな顔をしていた。


「ご冥福をお祈りします……」


僕のその悲しみに当てられて、悲しい表情をしていると、夢望が


「昨夜2時頃、アリバイある?」


と人の心もなしに不躾に聞いた。こんな奴だとは思っているけれど、少しムッとしてしまった。


「その時間帯は寝ておりました。アリバイはございません」


正直に答える彼に、夢望は隠していたとっておきをぶつけた。


「昨日のディナーで、フォークを投げつけられていただろう。今回の被害者から。『こんなもの食えるか!』ってね!」


「はい……。旦那様は食に大変こだわられる方で、お気に召さないと毎度ああなるのです……」


「それで君は『こいつぶっ殺してやる!』って思わないの?」


夢望は相手の反応を楽しむようにそう尋ねた。


「いいえ、これが私の仕事ですから……。それに、旦那様がいらっしゃらないと私の仕事がなくなるも同然です。そんなことは決して致しません」


そう冷静に答える彼の回答は、テンプレートのようだった。理性で欲望を抑え込むようにこの言葉を脳内で反芻させて、今まで仕事をしてきたのだろうか。


次は秘書のハンナ。って、ハンナがいない!??


「あぁ、彼女なら今、彼氏の家にいるらしいですよ」


と執事のドニーが彼女の居場所を教えてくれた。ドニー曰く彼女が言うには、深夜に彼氏が呼び出したのでホテルから出て行ったらしい。


「はあ!??こっから1時間もかかるのかよ。嫌だ、俺はパフェのためにこの聞き込みをやめる」


こうなると思った。夢望が駄々をこね始めたのだ。


「でも今が7時、向こうに着くのが8時、そこから移動で9時半にはカフェに着くよ?」


とまだ余裕があると夢望に伝えた。


「違う。どーせ8時に着いてもそっから事情聴取して、カフェ到着が10時半くらいになり、その頃には行列でパフェなんか食えやしないんだ……」


夢望は悲観的になって、しょぼくれた顔をする。


「何言ってんだ、夢望は天才だろ?事情聴取なんか10分で終わらせられるよ!」


そう僕が鼓舞すると、夢望は車へと走り出して急いで乗り込むと、僕に「捕まんない範囲で飛ばせ」と命令した。


やっとハンナの彼氏の家に着くと、夢望は玄関をドンドンと叩き始めた。


「な、何ですか……!?」


包丁を手にして玄関を開けてきたハンナの彼氏に臆することなく、夢望はその玄関ドアをこじ開けて中へとズカズカと入っていく。


「防犯カメラを見せろ!今すぐにだ!!」


そう夢望はリビングの真ん中で狂人のごとくそう叫んで、彼女達を動かした。そして、見せられた防犯カメラの映像には、昨夜、彼女がこの家に入ってくるところが映っていた。


「2時45分……。例え、深夜で道が空いていたとしても、30分でここまで来るのは無理だ……」


完璧なアリバイだった。夢望もそれがわかったのか、映像を確認し終えると、走って家から出て行った。


「ユノ、やっぱりアリバイがないドニーが犯人なのかもしれない。立派な動悸もあるし……」


赤信号で止まっている間に、頭を悩ませていると、


「運転に集中しろ。パフェがかかっているんだからな」


と「前向け!青信号になっただろ!」と一分一秒も無駄にできないオーラを出している夢望に指図された。


10時にはカフェに着いていた。誰もカフェには並んでおらず、僕は喜んで夢望に話しかけた。


「ユノ、これならパフェが……」


だが、その夢望の横顔には絶望の2文字が滲んでいた。


「雨音、今日は何曜日だ?」


「日曜、だけど……」


「何でカフェが日曜定休なんだよ!!」


その夢望の絶叫はスペイン中に響き渡った。天才探偵の夢望でも時差ボケには敵わないらしい。パフェを食べられずに絶望している夢望を連れてホテルへと戻って行った。


「ユノ、パフェはまた明日食べればいいよ」


「明日は明日の予定があるんだ……。あぁ、もういい、憂さ晴らしだ!犯人を捕まえてやる」


夢望は歪に口角を上げ、狂ったように笑った。そして「雨音、ホテルの防犯カメラをチェックしろ!」と命令してきた。2人で防犯カメラの映像をチェックすると、そこには事件の謎を解く重要な鍵が隠されていた。


「あぁ!なんだ、こんなことだったんだ!」


僕らは容疑者達をホテルのホールに集めた。


「それでは、犯人を突き止めようと思います。犯人は昨夜2時頃、被害者との痴情のもつれがあり、怒り狂った犯人は咄嗟に灰皿に手を取り、被害者を殴打し殺した。そうですよね?」


僕は彼女に目を向けて、話しかけた。


「何故、犯人は女性だと言い切れるのよ!?」


被害者の妻、エリザベスが焦ったように問い詰めてきた。


「部屋の床に落ちていた煙草だよ。口紅が付いた煙草が数本落ちていた」


夢望はその焦っている反応をじっとりと見て、笑った。


「そして、犯人は殺してしまったことにとても動揺した。その結果、犯人は考えなしに車に乗りこみ、逃げたんだ。心が安らぐ彼氏の家に」


とハンナを見つめてそう言った。ハンナは声を震わせ、必死に言い訳をしてきた。


「わ、私にはアリバイがある……!貴方も言ってたじゃない、30分で移動するのは無理だって……」


「良かったね、"偶然"使えそうなアリバイができて。純粋な馬生田くんは騙せても、不純な俺は騙せないよ」


夢望は続きを説明しろと、僕に目線を向ける。


「今日は10月の最終日曜日。つまり、サマータイムの終わりだ。これが何を意味するか、分かりますか?」


「……2時から3時の時間が2回くる」


アイボリーが神妙な顔をしてそう答えてくれた。


「そうです。つまり、貴方は最初の2時15分に被害者を殺害した後、車に乗り込んで、2回目の2時45分に彼氏の家に到着した。この間の時間は1時間30分。余裕で彼氏の家に到着できますよね?」


ホテルの防犯カメラには最初の2時30分にハンナがホテルから出て行くところが確認できた。それに、エリザベスとアイボリーが4時30分にホテルに入っていくところも。


ハンナは泣き崩れて、事件の真相を明かしてくれた。


「ビルさんが悪いんです!私には彼氏がいるって言っているのに、体の関係をしつこく求めてきて、本当にうんざりしてたんです……!昨夜は特に酷くて、私の服を破ってまで行為をしようとしてきて……。私は我慢ならなくて、咄嗟に灰皿を手に取って殴ったら……。別に殺すつもりはなかったんです……!!ごめんなさい、ごめんなさい……!!」


そう床にうずくまりながら号泣していた。夢望はそんな彼女を見て、悪魔のように微笑んだ。


「ユノ、いつからハンナが犯人だって気付いてたの?」


「彼氏の家に乗り込んだ時だよ。あの時、酷く煙草の匂いがした。人間は不安定な時ほど、依存してるものに縋るんだ」


夢望はステーキを綺麗に切りながらそう言った。


「それなら、その時に逮捕してれば良かっただろう?」


「俺には特大フルーツパフェという幻影があったからなっ!」


未だにパフェを食べ損ねたことを悔やんでいる夢望に機嫌を直してもらおうとホテルで最も高いビーフステーキを頼んだ。このビーフステーキは僕の奢りだ。これであまねく解決っ☆

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