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第25話……星の罠と鉄の覚醒

「……っ、了解しました。すぐ動きます!」


『遅いぞ、カーヴ! いい加減にしろ!』


 通信機からフランツの怒声が叩きつけられる。惑星ドーヌルの治安維持活動は完全に破綻しているらしい。

 犯罪組織が跋扈し、人身売買や麻薬取引が横行。この星は腐臭を放つ廃墟と化しつつある。


 なのに私は……、高級ホテルのスイートでシャンパングラスを傾け、接待の甘い罠に溺れていた。


 ちくしょう、ベッツの野郎……!


 奴に連絡を試みるが、案の定、応答はない。


 ……やはり、はめられたか!?

 ベッツの企みは一体なんだ?

 奴の笑顔の裏に潜む黒い意図がちらつく。だが、今はそんなことを考えてる暇はない。

 フランツさんの信頼を取り戻すのが先だ。


「ブルー、準備しろ!」

「了解、旦那!」


 私は絹のローブを脱ぎ捨て、機動装甲車のバケットシートに飛び込む。

 油と硝煙の匂いが鼻をつき、エンジンの咆哮が骨に響く。

 接待の甘い毒から抜け出し、鉄と血の世界へ再び堕ちる瞬間だった。



――二週間後。


 ドーヌル中央第二ドーム区画、東部スラム地区。


「おら! 仲間のアジトを吐きやがれ!」


 薄暗い地下倉庫で、俺は捕えた麻薬組織の中堅幹部を壁に叩きつけ、凄む。

 金属の机を拳で叩き、怒声を浴びせた。

 奴の顔は恐怖で引きつり、汗が滴る。


「な、なんだコイツ! 暴力は違法だ! 人権委員会に……!」


「黙れ!」


 俺は奴の腹に膝蹴りを叩き込み、床に転がす。人権?

 笑わせるな。民衆を地獄の薬で蝕むクズどもに、そんな綺麗事は通用しねぇ。


「まだ口を割らねぇってか?」


 俺は奴らの隠していた違法麻薬――通称「ネオンスノー」の原液を注射器に吸い上げる。

 青く脈打つその液体は、脳を溶かし、魂を喰らう悪魔の雫だ。


 奴の腕に針を近づけると、そいつの顔が真っ青になった。


「……や、やめろ! 全部話す! 頼む、それだけは……!」


 ……ほらな。この薬の恐怖は、売ってる奴らが一番よく知ってる。

 結局、奴は組織の拠点、取引ルート、幹部の名前まで洗いざらい吐きやがった。


「ブルー、次だ!」


「オッケー、旦那!」


【システム通知】……北西12km、違法物質反応検知。


「行くぞ!」


 私とブルーは、非視認ステルス装甲スーツをフル稼働させ、夜のスラムを突き進む。

 正規軍が尻込みするような凶悪な犯罪組織を次々に叩き潰し、極めて非合法な手段で人身売買のアジトや麻薬工場を焼き払っていった。


 合計248件。燃え盛る瓦礫の山が、俺たちの復讐の足跡だ。


「……少しやりすぎたかな?」


「ハッ、旦那、まだまだ甘いっすよ!」


 ブルーの軽口に頷き、俺はガソリンの小川に火のついた煙草を放り投げる。

 背後で轟音と共に炎が夜空を裂き、249件目のアジトが業火に飲まれたのだった。



 ようやく250件目のアジトを灰に変えた私は、フランツさんから渋々ながら褒め言葉を貰った。

 接待漬けの怠惰な日々から這い上がり、鉄と血の戦場で汚名を返上した瞬間だ。


「ベッツ、てめぇ……、絶対に忘れねぇぞ」


 だが、狡猾なベッツは私の血と汗の功績を横取りし、ドーヌルの高級閣僚にまで登り詰めやがった。


 ……奴が私を高級ホテルの甘い罠に嵌めたのは、戦場から遠ざけ、功績を独占するためだったのか?


  今の私じゃ、奴に手を出すのは難しい。だが、奴の裏には何か腐った意図があるはずだ。

 どうせロクでもない理由だろうが。

 まぁ、その真相はいつか暴いてやる。この星の闇はまだまだ深かったのだ。



――二か月後、ドーヌル中央議事堂。

「カーヴ殿の輝かしい功績を讃え、英雄勲章を授与する!」


「はっ」


 500件目の犯罪アジトを爆破した私は、ドーヌル政府から【星輝勲章】を授与された。

 非合法だろうが何だろうが、結果が全てだ。

 私の手際の良さに、当局の役人どもも目を丸くしたらしい。


「犯罪に立ち向かうカーヴ殿は、まさにこの星の希望だ!」


「はは、恐縮です。……きっと、そんな大層なもんじゃないです」


 惑星ドーヌルの首班、エーレンフェスト氏との会談が、ユーストフ星系全域に中継される衛星放送で流れた。

 治安維持の「小さな英雄」として、だ。

 たった3分の映像だったが、顔から火が出るほど恥ずかしかった。


 受賞式にベッツの姿はなかった。奴は私と顔を合わせるのを避けてるらしい。

 ちっ、一発殴ってやりたいのに、狡賢い野郎は姿を隠しやがる。


 戦場と酒場の狭間その後も、私とクリシュナは犯罪組織の殲滅に全力を尽くした。

 だが、どれだけアジトを焼き払おうと、紛争と治安悪化の根は深い。移民の急増による居住地不足、耕作地の枯渇――こんな対処療法じゃ、限界があったのだ。


「……後は、政治の仕事だな」


「そうですな、旦那!」



 スラムの片隅にある安酒場。

 紫煙が頭上を漂い、木製の小さなテーブルには蒸留酒のグラスと干し肉が置かれている。


 この星でも肉は貴重だ。

 ……まぁ、たぶん安物の合成肉だろうが、戦場暮らしが長い私は気にはしない。


「親父、ロックでもう一杯!」

「俺はストレートだ」


「あいよ!」


 私とブルーは、煙草を咥えながらグラスを傾ける。ドーヌルの埃っぽい街にも、行きつけの酒場ができていたのだ。


 油と硝煙の戦場とは違う、どこか落ち着く場所だ。


「親父、ツケの清算をしてくれ」


「お出かけですか?」


「ああ、また来たいがな……」


 私はマスターに紙幣と銀貨を渡し、チップを上乗せする。

 マスターは無言で受け取り、かすかに頷いた。


 席を立つと、木の椅子がギィと軋む。高級ホテルの絹のベッドも悪くねぇが、こういう煤けた雰囲気が、なんだか性に合う。


 星を跨ぐ旅路翌日、私はフランツさんに一言断りを入れ、3000名の地上部隊に先駆けて惑星ドーヌルを離れた。

 治安維持の任務を終え、汚点と勲章を胸に抱えて。



 艦内に戻ると、レイの冷ややかな声が響く。


「司令! 聞いてますよ、二人で美味いものを食べてたのですって?」


「昨日は安酒だったろ、なぁ? ブルー」


「ええ、まさにその通り!」


 私はブルーを共犯者に仕立て、レイの追及を軽くかわす。


 クリシュナは深淵の宇宙を滑るように進み、惑星アーバレストへの帰還の途上にあった。

 窓の外、宇宙の闇は果てしなく深い。星屑の瞬きが、まるで私の罪を嘲笑うようだ。


「……少しぐらい遊んだって、いいじゃないか」


 ただの言い訳がましい独り言だった。


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