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第27話……クリシュナ出航せよ!

 惑星アーバレストの深海を潜航する宇宙空母クリシュナの機密区画は、過酷な水圧と腐食性の汚染水に耐え続けた結果、深刻なダメージを負っていた。

 長期間の深海探査により、装甲の内側の内壁の随所に刻まれていたのだ。


 気密性は辛うじて保たれていたが、深海の極端な圧力にはもはや耐えられないほど脆弱だった。

 ……そのとき、艦橋にトムの声が響き渡った。


「親分、あそこにエンジンらしきものが見えます!」


「何!?」


 私は慌てて浮上命令をキャンセルし、クリシュナを海溝の岩壁に寄せた。

 ソナーと高解像度カメラが捉えた映像には、深海の闇の中で鈍く銀色に輝く物体が浮かんでいた。

 それは厚い海藻とサンゴの層に覆われていたが、明らかに人工物――おそらく、古代の宇宙船の残骸だった。


「直ちに回収準備だ!」


「了解!」


 こうして、過酷な深海サルベージ作業が始まった。クリシュナの深海用ドローンとロボットアームを駆使し、海溝にある残骸を回収した。

 レーザー収束機や高出力エネルギーコアなど、貴重な部品を満載し、我々はA-22基地へと帰還したのであった。




☆★☆★☆


「いやはや、素晴らしい部品の数々!すべて引き取らせていただきますよ!」


 A-22の港湾ドックで、私は技術主任に回収した部品を手渡した。引き換えに、個人端末に記録された私の銀行口座には、見たこともない桁数のクレジットが振り込まれた。


「それで、ひとつお願いがあるのですが」


「ほう、どのような?」


 私は技術主任に、A-22基地に新たな宇宙船建造ドックを建設したいと提案した。クリシュナの補修だけでなく、新型宇宙船の建造を視野に入れた大規模な造船施設だ。


 技術者チームの派遣を依頼すると、主任は笑顔で答えた。


「その程度ならお安い御用ですよ。ただし、また上質な部品を期待していますぞ!」


 固い握手を交わし、商談は成立。A-22基地では、早速、宇宙船用の巨大ドック建設が始まった。

 完成したドックの最初の仕事は、クリシュナの気密区画の補修だった。

 大型クレーンが新しい気密区画を運び、クリシュナの船体内に取り付けていく。


 この惑星の気密素材は、耐腐食性にやや不安が残るものの、亀裂一つない美しい外観が復元されたのであった。

 クリシュナは再び宇宙を旅する威容を取り戻していったのであった。




☆★☆★☆


「カーヴ殿、造船所の進捗はどうかな?」


「はい、小型潜航艦5隻の建造を予定しております!」


「おお、それは素晴らしい!」


 私は、フランツさんに、造船所の現状を報告した。

 アーバレスト第二の宇宙軍港として、A-22基地は急速に発展を遂げていたのだ。

 ドックだけでなく、高性能製鋼プラントや高炉も完成。ボールベアリング製造工場など基幹施設も次々に増設され、第38鉱区から供給される深海鉱石を原料に、様々な製品を生み出し続けていたのだった。


「いやはや、カーヴ殿にこの基地を任せて正解だった。軍師の才、まさに天下一品だな!」


「恐縮です!」


 フランツさんは生まれ変わったA-22基地を視察し、その成果を大いに称賛してくれた。



「これは何だ?」


「生体養殖プールです」


「ほう、なんとも水が澄んでいるな!」


 フランツさんは、巨大なプール状の養殖施設を見て驚嘆した。

 そこには、高度な浄水システムによって管理された清澄な海水が蓄えられていた。

 この惑星の過酷な環境下でも、食用魚の養殖を可能にする実験的な施設なのだ。


「これなら、旨い魚が食えそうだな!」


「ええ、人工タンパク質ばかりでは、兵士たちの士気も下がりますからね」


 フランツさんは満足げに頷いた。さらに、基地の隙間スペースに設けた海藻栽培区画を見て、笑い声を上げた。


「カーヴ殿は、どこでも食料生産に余念がないな!」


「実は、かつて戦場で苛烈な兵糧攻めに遭ったことがありまして。それ以来、食料の確保が頭から離れません」


「ははっ、笑い事ではないが、兵を飢えさせないのは軍師の最重要任務だな。カーヴ殿には、これからも大いに期待しているよ!」


「はい!」


 上機嫌のフランツさんは、ライス伯爵家の大きな屋敷へと帰還していった。

 最近、彼を喜ばせることが、なぜか私自身の喜びにもなっていた。

 それはきっと、フランツ殿がアーバレストの民のために身を粉にして働いている姿を、間近で見てきたからだろう。

 軍事面ではやや頼りない面もあるが……、だからこそ、私のような軍師の役割があるのだ。


 そして今、ふと思う。セーラ様が、歳の離れたフランツさんに心を寄せる理由が、ほんの少しだけ、わかるような気がしたのだった。




☆★☆★☆


――更に二か月後。


 惑星アーバレストの司令部、その司令室に私は呼び出されていた。目の前には、セーラ様の家宰であるフランツさんが、いつになく神妙な面持ちで立っていた。


「実は、また解放同盟軍から出撃要請が来たんだ……」


「はい」


「……で、今回はカーヴ殿に指揮を執ってほしい。こう見えて私は負け続きでな。縁起も悪いのだ」


「クリシュナでの出撃でしょうか?」


「その通りだ。今回は僚艦が4隻、現状での精一杯の戦力だ。だが、以前にカーヴには宇宙海賊を征伐してくれた実績がある。心置きなく任せられる!」


「了解しました!」


 こうして、私と宇宙空母クリシュナへの出撃命令が下された。今回の僚艦は、A-22基地の新造ドックで建造された小型レーザー艦4隻。

 深海の鉱石から精製された装甲が輝く、ピカピカの新型艦だ。

 その外観は、まるで宇宙の闇をも照らすように頼もしい。


「準備を急げ!」


 クリシュナの格納庫には、大量のプラズマ弾薬と高エネルギー燃料が次々と積み込まれた。

 今回の任務は長期間の宇宙航行を伴うため、新鮮な食料――深海養殖プールで育てた魚や、海藻栽培区画の大豆から作られた食糧――も潤沢に積載した。

 兵を飢えさせない。それが私の信念だ。


「出航用意!」

『出航準備完了!』


 艦橋に響く戦術AIの合成音声が、勇壮な響きとともに士気を高める。久々のマーダとの戦いに、身が引き締まる思いだった。


「離脱開始、第二宇宙速度へ移行!」

『了解、離脱開始します!』


 クリシュナは、4隻の僚艦を従え、惑星アーバレストの重力圏を離脱した。

 窓外には、砂嵐が吹き荒れる赤茶けた大地と、汚染された海の色が混じる壮絶な風景が広がっていた。

 やがて、漆黒の宇宙空間が視界を支配する。


「速度を第三宇宙速度へ!」

『了解、増速します!』


 クリシュナは、ユーストフ星系の重力圏を振り切り、フランツさんが指定した戦闘宙域へと全速力で進んだのであった。

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