『ワープアウト完了。現在位置、メドラ星系外縁部、第111-B8宙域』
「了解した!」
我々の艦隊は、メドラ星系の外縁部へと瞬時に跳躍した。この宙域は、今なおマーダ連邦の残党が跋扈する危険地帯だ。
だからこそ、我々は援軍としてこの星系に派遣されたのだ。この宙域を統治するのは、ゲルラッハ要塞に拠点を構えるホールマン伯爵。
彼との謁見と作戦会議のため、旗艦クリシュナは要塞の宇宙港へと滑り込んだ。
『こちら管制塔、クリシュナの入港を歓迎する』
「歓迎に感謝する!」
ゲルラッハ要塞は、直径20キロメートルの小惑星をくり抜いて造られた半人工の巨大構造物だ。
軍事施設だけでなく、商業区や居住区も備え、まるで星間都市のような賑わいを見せていた。
光り輝くネオンと、行き交う民間船の喧騒が、まるで銀河の繁華街を思わせる。
宇宙港に降り立つと、ホールマン伯爵自らが我々を出迎えた。豪奢なマントを翻し、恰幅の良い体躯を揺らしながら、彼は笑顔で手を広げた。
「これはこれは、カーヴ殿! よくぞおいでくださった!」
「伯爵自らのお出迎え、恐縮です」
我々は伯爵の案内で水素駆動の装甲車に乗り込み、彼の居館へと向かった。
道中、要塞内の活気ある街並みが車窓を流れていく。
居館に到着すると、そこでは盛大な晩餐会が催されていた。テーブルには銀河各地の珍味が山と積まれ、立食形式のパーティーには200名を超える賓客が集っていた。
「おお、旦那! こりゃあ豪勢なご馳走ですぜ!」
ブルーが目を輝かせる。確かに、私もこの豪華さに心躍らないわけではない。だが――。メドラ星系は長きにわたる戦乱で疲弊しているはずだ。こんな贅沢が許される状況ではない。
この華美な宴は、まるで賊の跳梁を誘うかのようなのだ。もし民衆がこの光景を見れば、反政府側に与する者が出てもおかしくない。
「……さて、カーヴ殿。貴公の艦隊には、この要塞に駐留してほしい。」
「は? 任務は星域の解放だと聞いておりますが!」
フランツさんからは、マーダ連邦に奪われた惑星の奪還作戦と聞いていた。それなのに、伯爵の言葉はまるで要塞に立て籠もることを優先するかのようだった。
「ははは、庶民の暮らしなど些事ですよ! この要塞にいれば、我々は安全なのだから!」
伯爵は豪快に笑い、我々に要塞防衛を求める。不本意だが、我が艦隊は旗艦クリシュナを含めわずか5隻。単独ではマーダの艦隊に対抗し得ない。
援軍として派遣された以上、指揮系統上、伯爵の指示に従わざるを得ないのだ。
「敵の戦力はどの程度です?」
私は、伯爵の側で実務を仕切る将官に尋ねた。額に汗を浮かべ、気まずそうに彼は答えた。
「敵は約80隻。我が方は貴公の艦隊を含めて65隻。よって、要塞での籠城戦が妥当かと……」
クリシュナは大型艦だが、随伴する僚艦は100メートル級のレーザー艇や60メートル級のミサイル艇と小型だ。一方、要塞内には400メートル級の戦艦も存在する。
単純な数では戦力差は小さく見えるが、実際の戦闘力は未知数だ。
「マーダの艦艇は大型ですか?」
さらに尋ねると、将官は言葉を濁した。
「いえ、多くは小型艦と聞いております。ただし、情報は不確かで……」
彼の目は、戦うべきだと訴えているようだった。だが、宮仕えの身では主君に逆らうことはできない。任務外の行動は、軍規違反そのものだ。
「……わかりました。ひとまずは要塞防衛で進めましょう。」
「感謝します、カーヴ殿!」
将官は安堵の表情で伯爵に報告へ走った。彼の胃がこれ以上痛まないことを祈るばかりだ。
クリシュナと僚艦4隻は、要塞内のドックへと収容され、整備と補給が始まった。
だが、私の胸中には、伯爵の消極策への疑念が渦巻いていた。この戦いは、要塞の守りだけでは終わらない――そんな予感が、静かに心を支配していた。
☆★☆★☆
――二週間後。
私はゲルラッハ要塞の司令部の一角に席を構えていた。
薄暗い作戦室には、戦略モニターの青白い光が揺らめき、緊迫した空気が漂っている。
『敵、マーダ連邦は惑星ロードスにて破壊行為を継続中!』
『さらに、これに乗じて宇宙海賊どもが、略奪行為を展開している模様!』
偵察隊のドローンの報告が響く中、ホールマン伯爵は紫煙をくゆらせながら、悠然と応じた。
「かまわん。好きにさせておけ!」
マーダ連邦――人の肉を喰らう異星人の軍勢。対する宇宙海賊は、同じ人類だ。
ありえないことだが、まるで共謀しているかのように、両者は惑星ロードスの民を蹂躙していた。
マーダ星人が血と肉を求め、宇宙海賊が富と資源を略奪する――その連係は、まるで暗黙の共闘を思わせるほどだ。
「伯爵、出撃許可を願います!」
私は立ち上がり、声を張った。民の悲鳴が聞こえるような気がして、じっとしていられなかった。
「なんだと? 我々は寡兵だぞ! フランツ司令官には追加の援軍を要請してある。しばし待て!」
伯爵は怪訝な顔で私の具申を一蹴した。豪奢なマントの裾が、苛立たしげに揺れる。
「いえ、マーダ星人とは戦いません。民の敵である宇宙海賊だけを討つのです!」
「……ふむ、賊だけなら、まぁ構わんか。」
意外にも伯爵が折れた。その言葉に、司令部にいた将官たちが色めき立つ。
「その任務、我にも任せられよ!」
「私の艦隊も参戦を!」
次々に挙手する将官たち。だが、伯爵の怒声が響き渡った。
「馬鹿者ども! 皆で行けば要塞の守りが手薄になるわ!」
結局、出撃はクリシュナと僚艦4隻のみに限定された。羨望と悔しさが滲む将官たちの表情が、妙に印象に残る。
行きたいなら、もっと巧妙に口実をひねり出すべきだ。それこそが将たる者の才覚というものだろう。
「出航用意!」
『管制塔よりクリシュナへ、8番ゲートを開放。幸運を祈る!』
「了解!」
クリシュナはゲルラッハ要塞のドックを離れ、漆黒の宇宙へと滑り出した。
標的は、惑星ロードスで略奪を働く宇宙海賊。マーダ星人の破壊行為に乗じた、卑劣な連中だ。
敵は20隻の小型艦。非正規軍とはいえ、侮れない戦力である。
100メートル級レーザー艇と60メートル級ミサイル艇を従えた我が艦隊は、5隻という少数編成。
だが、海賊どもの蛮行を止めるため――そして、マーダ星人の魔の手から民を救う第一歩として、この戦いに挑むのだ。
戦闘宙域へと突入するクリシュナの艦橋で、私は静かに拳を握った。マーダ星人の血に飢えた牙が、民の命を脅かす前に、せめて海賊の脅威だけでも排除しなければならない。戦いの火蓋が、今、切られようとしていた。