「出撃準備完了!」
『発進せよ!』
私は亜光速戦闘機【サンダーボルト】のコックピットに身を沈めていた。
宇宙空母クリシュナの管制塔からの通信は、いつも通り冷静で、どこか冷ややかな響きを帯びていた。
この機体は、20mmレールガン2門と12.7mmレーザー機銃2門を固定武装とし、さらに4つのハードポイントに多彩な武器を換装可能という、戦場での戦術の柔軟性を保つ設計だった。
しかし、その機動性能は苛烈で、極端な旋回Gを生み出すため、搭乗者は戦闘に特化し改造された身体でなければ耐えられなかったのだ。
私の肉体もまた、そのために創られたようなものだ。
「誘導電波確認! 攻撃態勢に移る!」
『了解!』
私の【サンダーボルト】は、クリシュナとその僚艦4隻を先行し、敵の宇宙海賊艦隊の背後へと長駆迂回する。
星々の光を切り裂くように進む機体は、まるで闇夜に潜む獣の如く静かに、しかし確実に獲物に迫った。
「くらえ!」
敵艦の至近距離、後方死角からハードポイントに搭載した対艦ミサイルを放つ。
ミサイルは正確無比に敵艦の推進ノズルへと吸い込まれ、轟音とともに爆炎が広がった。
敵艦の推進機関は一瞬にして大破し、火花と残骸を虚空に撒き散らす。
宇宙用の戦闘艦の設計は、前面に最大の火力と防御を集中させるのが常だ。
後方防御は装甲も電磁シールドも脆弱で、重力場生成防御装置の出力も低い。
つまりそこが、全てのタイプの船の急所だったのだ。
「当たるものか!」
私は敵艦の周囲を高速で旋回し、極限のGに耐えながら防御弾幕を回避。
さらなる対艦ミサイルを放ち、敵艦の推進炉を次々と破壊していった。
機体が軋み、警告音が鳴り響く中、バイオロイドの精神と肉体は冷静に次の標的を求める。
やがて、敵の対空砲火が激しさを増す中、管制からの通信が響いた。
『旦那、無事か?』
「問題ない!」
戦場にクリシュナと4隻のレーザー艦艇が到着。増援の出現に海賊艦隊はさらに動揺し、混乱の隙を突かれてクリシュナの猛烈な砲撃に晒された。
推進炉を失った海賊船団は、火力も防御も失い、なす術もなく蹂躙される。
レーザー兵器も電磁防壁も、すべて推進炉のエネルギーに依存していたからだ。
……やがて、虚空に発光信号が瞬く。
『敵艦より降伏信号を確認!』
「よし、武装解除を進めろ!」
『了解!』
戦闘の終幕は迅速だった。
4隻の海賊船が爆沈し、無数の残骸が宇宙を漂う中、我々は敵艦16隻を拿捕。
こちらの損害はわずか1隻の小破に抑えるという、圧倒的な勝利を収めた。
敵艦の残骸の舞う戦場に、【サンダーボルト】は静かに浮かぶ。私はコックピットで息を整え、次なる戦いの準備を進めるのであった。
☆★☆★☆
――クリシュナ艦内。
「貴様、我々を倒したことを後悔する日が来るぞ!」
捕虜となった海賊の族長らしき巨漢が、鋭い眼光で私を睨みつけ、捨て台詞を吐いた。
挑発的な態度だが、彼らの言い分を聞いてみる価値はあるかもしれない。
「なぜだ?」
「我々はメドラ星系の民の支持を得ているからだ!」
「その根拠は?」
「20隻もの宇宙艦艇を揃えた事実がその証だ!」
……確かに。宇宙艦艇は安価に手に入るものではないし、建造にも膨大な資源と時間が必要だ。
20隻という数は、相当な後ろ盾がなければ不可能な戦力だった。
「ならば、なぜ味方を攻撃する?」
「味方だと? 笑わせるな! ホールマン伯爵とその手下こそ、民衆の真の敵だ!」
「くっ、……」
痛いところを突かれた。ホールマン伯爵の統治は、確かに民衆に寄り添うものとは言い難い。
「詳しく話せ」
「ふん、いいだろう。……、……」
族長の話では、メドラ星系の税は過酷で、民への福祉は皆無に等しかった。
彼らの海賊行為は、ホールマン伯爵の圧政に対する抵抗の一環だったようだ。
「親分……、こいつらをどうするんです?」
部下のトムが、懇願するような目で私を見た。
ホールマン伯爵に彼らを引き渡せば、苛烈な報復が待っているのは明白だったのだ。
「さて……、どうしたものか」
私は事務方の責任者レイに相談を持ちかけた。艦の維持や人員管理には莫大な費用がかかる。彼女の答えはこうだった。
「A-22地区の地上戦闘員が不足しています。それに、38鉱区の労働力も足りません」
……つまり、受け入れる余地はある、ということだ。
「お前たちが真面目に働くなら、雇ってやってもいいぞ」
「おお……、ありがてえ!」
こうして、元宇宙海賊たちは私の傘下に加わった。
彼らを密かに惑星アーバレストへ送るため、レーザー艦艇2隻を護衛につけ、元宇宙海賊出身のトムをその責任者としたのであった。
☆★☆★☆
「敵宇宙海賊、撃滅。残党は逃走した模様。こちらの損失はレーザー艦艇2隻のみ」
『よくやった。無事の帰還を祈る』
後始末をトムに任せ、私はゲルラッハ要塞へ超光速通信で報告。クリシュナと僚艦2隻は帰投の途に就いた。
途中、メドラ星系の第一惑星カールブンと第二惑星オクセンに立ち寄ったが、そこはマーダ連邦の攻撃の爪痕が生々しく、まるで惑星全体がスラムと化した惨状だった。
一方、ゲルラッハ要塞内の街は清潔で治安も良く、まるで別世界だ。だが、聞くところによると、ホールマン伯爵に賄賂を贈った富裕層や企業のみがこの要塞に住めるという。
あまりに不均衡な光景が、胸に刺さった。
「いやはや、さすがアーバレストの軍師! にっくき海賊どもを完膚なきまでに叩きのめしてくれた! ハハハ!」
ゲルラッハ要塞に戻ると、ホールマン伯爵から熱烈な賞賛を受けた。だが、心のどこかで違和感が拭えない。私の目指す道は、これとは違うのではないか――そんな思いが頭をよぎったのであった。
☆★☆★☆
――翌日。
『なんだって!? 帰りたいだと!? ホールマン伯爵からは、カーヴ殿が大いに活躍していると感謝の言葉を頂いているんだぞ!』
超光速通信のモニターに映るフランツさんの顔は、驚愕に満ちていた。
「……実は、こういった事情で」
詳しい事情を説明すると、フランツは困り果てた表情を見せた。
『だがな、ホールマン伯爵も我々解放同盟の一員だ。見捨てるわけにはいかん。どうしたものか……』
幾度かのやり取りの末、私は宇宙海賊との戦闘で負傷したという名目で惑星アーバレストへの撤収が決定。
傭兵としての契約の柔軟性が今回は功を奏したのだ。つまりは、嫌な仕事から解放された瞬間だった。