「……人手が足りねえんだよなぁ……」
「人手、デスカ?」
惑星アーバレストで、フランツさんとセーラさんが、クーデター派との外交儀礼に追われている頃。
私は、惑星アルファの凍てつく大地に突き刺さる、超巨大宇宙船「アルファ号」の片隅で、機械化人間のウーサが営む小さな酒場にいた。
カウンター越しに、ウーサの流体金属製の瞳が静かに光る。彼女の声は、機械特有の無機質さを帯びつつも、どこか温かみのある響きを持っていた。
新天地となる惑星の候補地は見つかっていたが、問題は開発を担う労働力だ。圧倒的に足りない。
私はグラスを傾けながら、つい愚痴をこぼしていた。
「そうなんだよ。何をするにも人が必要で、俺たちにはそれがない。どうしたもんかな……」
「一ツ、興味深イ情報ガ、アリマス」
ウーサが静かに言う。彼女の瞳が一瞬、青く点滅した。まるで内部の回路が思考を巡らせているかのように。
「え? なんだって?」
「コノ、アルファ号ノ地下格納庫ニ、汎用ロボットノ製造施設ガ、アルハズデス」
「おお! それ、詳しく教えてくれ!」
「かしこまりました。」
ウーサはぎこちない動作で、カウンターの下からデータパッドを取り出し、私に差し出した。
私は彼女から詳しい情報を聞き出し、早速、アルファ号の地下格納庫へと向かったのだった。
☆★☆★☆
このキロメートル単位の巨大宇宙船は、まるで迷宮だ。エレベーターを何度も乗り継ぎ、冷え切った通路を進む。
外は猛吹雪が吹き荒れる氷の惑星だが、なぜか格納庫の入り口に近づくにつれ、空気がむっとした熱を帯びてきた。
「旦那、暑いっすね!」
ブルーが汗を拭いながら言った。
「……ああ、妙な熱気だな」
アルファ号の地下格納庫の入り口に到着した瞬間、目の前に巨大な金属製のシャッターがそびえていた。
ウーサから受け取ったカードキーを差し込むと、機械音とともにシャッターが重々しく開く。
『データキー照合完了。ご入場ください』
中には、整然と並ぶ無数のロボットが静かに佇んでいた。
よく見ると、ウーサのような機能に特化した単純な機械化人間とは異なる人間そっくりの外見だ。
肌は滑らかな人工皮膚を備え、全高160センチほどのスリムな人型ロボットだ。
数百体が規則正しく並ぶ光景は、まるで沈黙する軍団のようだった。
「旦那! こっちに製造装置がありますぜ!」
ブルーが興奮気味に叫んだ。
「お、行くぞ!」
駆け寄ると、そこには【コンポジット】と名付けられたロボットの製造ラインがあった。
説明書によると、【コンポジット】は高性能とは言えないが、単純な軍務、建設作業、サービス業に適した汎用型ロボットらしい。
食事や排泄を必要とせず、電力だけで動くようだ。
……だが、これだけの数を稼働させるには、膨大な電力が必要だった。
「スイッチは…これか?」
私は製造装置の起動ボタンを押し、ブルーと手分けして次々とロボットを目覚めさせた。
「ご用はなんですか?」
起動した【コンポジット】の一体が、驚くほど人間らしい声で話しかけてきた。ウーサの無機質な声とは違い、まるで本物の人間のような滑らかな発音だった。
☆★☆★☆
「さて、次はどうするんだ?」
ブルーが目を輝かせながら聞いてきた。
「この惑星を移住可能な星に変えるぞ!」
私たちはアルファ号を離れ、隣の不毛な岩石惑星の衛星軌道上へと移動した。
宇宙空母であるクリシュナを使って、氷の小惑星を牽引し、岩石惑星に次々と投下。
荒々しい衝突音とともに、惑星の表面に湖や海が生まれ、大気の原型が形成されていく。
さらに【コンポジット】たちは、衛星軌道上に巨大な反射ミラーを設置し、太陽光を調節。
ポコリンの艦載機が爆撃で地形を整え、アルファ号に積まれていた種子を上空から撒いた。
この惑星には元々生命が存在しないため、思う存分改造できた。
神の所業と呼べるかもしれないが、やってみるとそれはただの壮大な土木工事だった。
汗と油にまみれた【コンポジット】たちが、岩石惑星で昼夜を問わず黙々と働く姿は、文字通り鉄の意志そのものだった。
「旦那、次は居住施設の建設っすね?」
「ああ、気合い入れてやるぞ!」
ドーム型のコロニーを建設するため、アルファ号から持ち出した汎用部品と、惑星の地下から掘り出した資源を活用していく。
電力はクリシュナ対消滅エンジンに付属する発電機で賄い、それにより【コンポジット】たちは不平ひとつ言わず働き続けた。
わずか2週間の突貫工事の末、人が住める惑星の原型が完成したのであった。
☆★☆★☆
――1か月後。
「これでどうでしょう?」
私はフランツさんとセーラさんに、完成したばかりの惑星を見せた。
「こ、これは……!」
フランツさんが目を丸くする。
「カーヴ、すごいじゃない!」
セーラさんが笑顔で私の肩を叩いた。
「この星の名前は?」
フランツさんが尋ねる。
「まだ決まってません。誰も住んでないんで……」
「ふむ」
フランツさんとセーラさんが顔を見合わせ、何やら相談を始めた。
やがて二人は決断した。
「文字通りライス家の星だ。惑星ライスとしよう」
こうして、惑星ライスが誕生したのであった。
また、フランツさんが初代総督に任命されたが、【コンポジット】を動かせるのは私だけだったため、実質的な開発責任者は私となった。
その後、惑星ライスは急速に発展。
居住ドームが次々と完成し、アーバレストから約10万人の第一期移民を受け入れた。
さらに、マーダ連邦に追われた移民たちを次々と受け入れ、周辺星域の移民問題を一気に解決。
ライス家の名声は高まり、わずか1年後にはアーバレストを凌ぐ人口を抱える惑星へと成長したのであった。
☆★☆★☆
夜空に輝く無数の星々を眺めながら、私は思う。
この星は、ただの岩石だった。そこに命を吹き込んだのは、俺たちの手と、【コンポジット】たちの不屈の働きだ。
ウーサの情報がなければ、この奇跡は生まれなかったかもしれない。
「旦那、そろそろ一杯やりに行きますか?」
ブルーが笑いながら肩を叩く。
「ああ、ウーサの酒場でな」
凍てつくアルファの酒場で、鉄の女主人と乾杯するのが、今から楽しみだった。