「そろそろ、フランツのことが気になってきたわ。カーヴ、惑星アーバレストに戻ってちょうだい!」
セーラ・ライス伯爵令嬢の声が、クリシュナの艦橋に鋭く響いた。
機械生命体の棲む未開星系の開拓を終えたばかりの私は、彼女の言葉に頷くしかなかった。
確かに、アーバレストを離れてから三ヶ月。戦況の行方が気にかかる。
レイやトム、そしてフランツさんはどうしているのだろうか。
「了解しました。開拓は一旦切り上げ、ユーストフ星系へ向かいます!」
「そうして頂戴」
と、セーラは短く答えた。
その声には、故郷への想いが滲んでいる気がした。
こうして、クリシュナはワープ航法の準備を整え、機械生命体の星を後にした。
目指すは、惑星アーバレスト――ライス家がその名を刻んだ、砂漠の星である。
☆★☆★☆
『長距離ワープ、成功しました!』
AIによる艦内アナウンスが響き、私は安堵の息をついた。
数度のワープを経て、クリシュナはユーストフ星系の外縁に到達。小惑星の群れとガス雲の漂う宙域を慎重に進む。
「こちらクリシュナ、A-22基地、応答せよ!」
超光速通信のモニターに映し出されたのは、トムの笑顔だった。だが、その顔には以前より深い皺が刻まれているように見えた。
戦場の重圧が、彼を少しずつ変えているのだろうか。
「そちらの戦況はどうだ?」
『三日前、激しい攻撃を受けましたが、今は膠着状態です』
モニターに映る顔がレイに変わり、彼の落ち着いた声が状況を伝えてきた。
フランツさんや他の仲間たちも無事らしい。安堵の波が胸を過ぎる。
A-22基地には、敵の攻撃を牽制するために、クリシュナの偽物の張りぼてが設置されていた。
クーデター側の基地を叩いたクリシュナの名は、敵に恐怖を与えるはずだった。
レイの話では、基地は包囲されているものの、敵の攻撃はさほど激しくない。張りぼての効果は、ある程度発揮されているようだった。
『カーヴ殿、お嬢様はご無事か!?』
突然、フランツさんが大きな声とともにモニターに飛び出してきた。
彼らしい豪快さに、私は思わず笑みをこぼす。
「無事ですよ! セーラさん、こちらでお話しください」
私はセーラさんをモニターの前に招き、ブルーと共に艦橋を後にした。
長い期間を過ごした主人と家宰の間には、込み入った話があるだろう。
私は遠慮して席を外し、食堂へと向かった。
クリシュナの食堂では、ブルーが人造タンパク質のデミグラスハンバーグを頬張りながら、ぼそりと呟いた。
「旦那、アーバレストをどうするんですかい?」
私はフォークを手に、しばし考え込む。
A-22基地は、ライス家にとって最後の拠点だ。だが、惑星アーバレストはクーデター側に実質的に支配され、地上兵力では敵の五万に対し、こちらはわずか三千。戦況は圧倒的に不利だった。
「A-22基地は惜しいけどな……」
「鶏肋ですな」
ブルーがぼそっと呟いた。
「ケイロク? なんだそれは?」
「昔の将軍の言葉だそうで。『食べるには面倒だが、捨てるには惜しい』って意味らしいですよ」
タブレットで調べると、確かにその通りだった。つまり惑星アーバレストそのものを表しているようだ――価値はあるが、維持するのはあまりに難しい。
☆★☆★☆
――惑星アーバレスト。
ライス家の祖先が簡易テラフォーミングを施し、開拓した星だ。
人口は約六百万。多くの人々は、有害な細菌や過酷な環境を避け、半円形のドーム都市で慎ましく暮っている。
資源は乏しく、古代超文明の遺跡が点在する程度。
そして、砂漠に覆われたこの星は、水資源の枯渇という致命的な欠点を抱えていた。
「だからこそ、私は提案します。惑星アーバレストを放棄し、別の星で再出発を」
私はセーラさんに進言した。
人類王家を超える勢力となるには、アーバレストの地の利はあまりに乏しい。
むしろ、彼女たちにとって足かせでしかないのだ。
セーラさんは私の言葉に耳を傾け、静かに頷いた。だが、その瞳には、先祖伝来の土地を手放す悲しみも同居していた。
「わかったわ。フランツとも相談するけど、カーヴの言う通りかもしれない……」
☆★☆★☆
三ヶ月ぶりにクリシュナがA-22基地に入港すると、味方の歓声が艦を包んだ。
仲間たちの顔には、疲れと希望が混在していた。
――二週間後。
ライス家とクーデター側は停戦に合意。
私はフランツさんと共に、反乱勢力と正式な交渉の席に着いた。
交渉の末、ライス家は惑星アーバレストの九十九年間の租借権をクーデター側に譲渡。
実質的な政権移譲だった。
だが、A-22基地周辺はライス家の自治領として残された。
クーデター側も、反体制派を隔離する場所としてこの地域を必要としていたのだ。
新たな居住コロニーの建設も決定し、両者は矛を収めた。
惑星アーバレストの新旧の権力者たちは、それぞれの未来を見据え、歩みを始めたのだった。