私は戦術戦車「バトルマスター」のコックピットから降り、目の前に佇む巨大な機械虎を見つめた。
金属の鱗が鈍く光り、鋭い眼光が私を捉える。
だが、その眼差しには敵意よりも、どこか不思議な意志が宿っているように思えた。
「グルル……」
低く唸る声が響き、機械虎はゆっくりと踵を返す。その背中が、まるで「ついてこい」と語っているかのようだった。
言葉はない。だが、確かな導きを感じたのだ。
「ブルー、行くぞ!」
「了解、旦那!」
相棒のブルーの快活な声を背に、私は機械虎の後を追った。ジャングルの奥深く、機械生物が蠢く未知の領域へと足を踏み入れていく。
金属の葉が擦れ合う音、遠くで響く電子音のような鳥の囀り。この世界は、生命と機械が混じり合う異様な調和を奏でていた。
三時間後、
我々は薄暗い洞窟の奥へと進んでいた。機械虎は無言で先導し、その足音は岩壁に反響する。洞窟の空気はひんやりと重く、微かな電磁波の脈動が肌を刺した。
「!?」
突き当たりの空間に足を踏み入れた瞬間、私は息を呑んだ。そこは、まるで古代の遺跡と未来の研究所が融合したような部屋だった。
無数の機械装置が壁を埋め尽くし、見たこともない技術の産物が脈動している。
中央には、巨大な培養槽が鎮座していた。その内部には、巨大な脳と眼球、そして延髄らしきものが浮かんでいた。
だが、その色は病的なまでに青白く、まるで今にも息絶えようとしているかのようだった。
「よく来た、旅人よ」
声が響いた。培養槽から直接脳に届くような、深く重い音色。驚くべきことに、それはこの世界の言語ではなく、遠い記憶に刻まれた地球語だった。
「地球語だと!? なぜ、この世界で……?」
私の声は思わず震えた。
「ふむ……戦術兵器、U型か。懐かしい響きだ」
培養槽の主は、私の製造シリーズを一瞬で見抜いた。
だが、その声には、どこか疲れ果てたような、しかし深い知性が宿っていた。
「お前は何者だ!?」
「驚くことはない。私はこの世界を創りし者、地球人の末裔だ。かつての創造主と呼んでもいい。だが、今や我々は二人しか残っていない……」
「二人だと? 地球人は360億を数えたはずだ!」
私の叫びに、培養槽の主は静かに笑った。まるで、長い時を生き抜いた者の諦念のような響きだった。
「はは……お前は長い眠りについていたのか? ならば教えてやろう。かつて我々は、より優れた種を目指し、交配を繰り返した。だが、欲望は近親交配へと突き進み、種は急速に衰退したのだ」
「そんな馬鹿な! 近親交配が種を滅ぼすことなど、古代の知識でも明らかだったはずだ!」
「……ふふ。だが、人間の欲望は理性を超える。我々は優れた遺伝子を追い求め、滅びへの道を自ら選んだのだ」
言葉は重く、私の思考を圧した。確かに、特定の才能や形質を極限まで追求すれば、近親交配は避けられない。
だが、それが地球人の終焉を招いたというのか。
「それだけではない。我々は対消滅機関を用いた大戦を起こし、宇宙の組成そのものを変えるほどの破壊をもたらした。それもまた、我々の数を減らした原因だ」
「……」
私とブルーは言葉を失い、ただその声を聞き入るしかなかった。培養槽の主は続ける。
「荒廃した宇宙で生き延びるため、我々はバイオロイドを創った。人類に酷似し、しかし新たな環境に適応する存在を」
「それが……今の人類だと?」
私の問いに、培養槽の主は再び笑った。だが、それはどこか虚ろな響きだった。
「それは、お前たちの主人だ。彼らは自分たちを人類だと思っているが、すべては我々地球人が創りしものだ」
「では、マーダ星人は!?」
私が叫ぶと、培養槽の主は微かに震えた。
「彼らは我々の支配を拒んだ。我々の新たな肉体となることを拒絶したのだ。そこで我々は、彼らを滅ぼすための天敵を創った。それがマーダだ」
「……だが、両者は争いつつも共存し、繁栄した。皮肉にも、滅びたのは我々地球人だけだった……」
「つまり、今の人類もマーダも、地球人が創ったバイオロイドだと!?」
「信じるも信じないも、お前の自由だ、U型の殺人兵器よ」
その瞬間、培養槽の中身が崩れ始めた。青白い組織が脆く溶け、液面に波紋が広がる。
「待て! まだ聞きたいことがある!」
「……ふふ、我が命はここまでだ。もし知りたいのなら、最後の地球人を探すことだ……ぐふ……」
力尽きた声とともに、培養槽の主は完全に崩れ去った。恐らく、最後から二番目の地球人として。
「……くうん」
機械虎が悲しげに鳴き、培養槽を見つめる。その姿に、私は一瞬、創造主への忠義のようなものを感じた。
この虎もまた、彼の手によるものなのか。
「旦那、あの脳みその話、信じるんですか?」
私は、ブルーの声で我に返る。
そして、私は部屋を見渡し、驚くべきものを見つけた。そこには、この世界ではあり得ないほどの高性能な生体パーツが並んでいたのだ。
「信じるかどうかは後だ、ブルー。だが、これを見ろ!」
「あっ!?」
そのパーツは、組み込めば我々の戦闘能力を飛躍的に高めるものだった。
だが、同時に、その高度な技術は培養槽の主の言葉を裏付けるものだった。
地球人の遺産……それが本当なら、セーラさんやフランツさんもまた、バイオロイドの末裔なのか。
「とりあえず、奴の話を信じるかどうかは脇におこう! 今はただ、主人のために働くだけだ」
「了解、旦那!」
ブルーの力強い返事が、洞窟の闇に響いた。
その声に、私は僅かな安堵を覚えながら、目の前の遺産を手に取った。真実がどうあれ、我々の戦いは続くのだ。