『ワープアウト完了! 現在位置、ユーストフ星系外縁部!』
戦術コンピューターの無機質な声が、宇宙空母クリシュナのブリッジに響く。
私はその報告に短く応じた。
「了解!」
私は艦長席から身を乗り出し、目の前のホロディスプレイに映る星域図を睨む。
無数の星々が瞬く中、クリシュナは静寂の宇宙に浮かんでいた。
「機関点検!」
『対消滅エンジン、異常なし。通常航行準備完了』
クリシュナはユーストフ星系の外縁部に到達した後、第四惑星ドーヌルへと針路を定めた。
第二惑星アーバレストの周辺宙域は、既にマーダ艦隊の鉄の爪に握り潰されていた。
ドーヌルには、セーラさんやフランツさんが辛くも逃げ延びていた。
私はとりあえず、ドーヌルの衛星軌道上に艦を駐留させることにしたのだった。
☆★☆★☆
「……現在の戦況はどうなっている?」
超光速通信のホロモニター越しに、私はフランツさんに問いかける。モニターに映る彼の顔は、疲労と焦燥に曇っていた。
『アーバレストの正規軍は壊滅状態だ。A-22基地はまだ組織的な抵抗を続けているが、長くは持たん。早急に救援に向かってくれ。』
「承知しました。善処いたします」
『……うむ。』
私は「善処する」とだけ答えた。今、敵の正確な戦力は不明だ。もし予想を上回る大軍ならば、クリシュナ一隻では多勢に無勢、ひとたまりもない。
私は慎重に事を進める必要があったのだ。
――二時間後。
ポコリンの操る艦載機が敵情偵察のために飛び立った。ブリッジに緊張が走る中、私は通信機に呼びかける。
「こちらクリシュナ。敵情はどうだ?」
『ぽこ……ぽここ!』
ポコリンの甲高い声と共に、艦載機から送られてきた映像データがホロディスプレイに映し出される。
そこには、漆黒の宇宙を背景に、戦艦級の大型艦4隻と、中小型艦艇100隻以上が蠢く姿があった。
それはクリシュナ一隻で立ち向かえる規模ではない。私は即座にフランツさんに通信を繋いだ。
「敵の数は予想を遥かに上回ります。どうすべきでしょうか?」
『……それについてだが、ドーヌルの政府が防衛艦隊の派遣を決定した。力を合わせてマーダを叩いてくれ!』
「了解しました」
通信が切れると同時に、ドーヌルの地表から無数の艦影が上昇していくのが見えた。約80隻の艦隊――その中には、重厚な装甲を誇る戦艦や巡洋艦の姿もあった。
アーバレストとドーヌルは同じユーストフ星系の惑星だ。アーバレストが陥落すれば、次はドーヌルがマーダの侵略目標となるのは火を見るより明らかだった。
だからこそ、ドーヌル政府の援軍派遣は必然の選択と言えたのだ。
私はドーヌルの防衛艦隊旗艦に挨拶に向かうことにした。
☆★☆★☆
「君がライス家の雇われ軍師、カーヴだな?」
ドーヌル艦隊の司令官は、豪奢な艦橋で私を迎えた。銀色の髭をたくわえた老将軍の目は、どこか私を値踏みするように鋭い。
「はい。この度の援軍、感謝申し上げます。力を合わせてマーダを殲滅しましょう」
私は丁重に頭を下げ、共同作戦の提案を切り出した。
しかし、ライス家の戦力は壊滅状態だ。クリシュナと、残る中型艦わずか4隻――我々の戦力はあまりにも貧弱だった。
「いや、その必要はない!」
司令官の声が艦橋に響く。私は思わず顔を上げる。
「どういう意味でしょうか?」
「指揮系統の混乱を避けるためだ。この戦いは、我がドーヌルの精強な艦隊だけで十分。君たち敗残兵は、後方で大人しく見ていればいい」
司令官の言葉は冷たく、参謀たちの視線も氷のように突き刺さる。クリシュナは戦力外――その烙印を押された瞬間だった。
「……では、ご武運をお祈りします」
私は感情を抑え、礼儀正しく一礼した。
「若いのに分をわきまえておる。よろしい!」
司令官は自慢げに髭を撫で、満足そうに笑った。
私の外見は確かに若いが、100年以上の時を生きる者だ。その事実は、しかし、ここでは意味を持たなかった。
帰路、随行していた副官のブルーが不満を漏らす。
「この仕打ち、酷すぎませんか?」
「決まったことだ。もう言うな」
私は静かに諭したが、心の中では別の思惑が芽生えていた。この戦力外の扱いは、むしろ好機かもしれない。
☆★☆★☆
『なに!? 敵の小型艦搭載型の超大型母艦が近くにいるだと!?』
クリシュナに帰還後、超光速通信でフランツ卿に新たな提言をした私は、彼の驚く声を聞いた。
「はい。マーダの小型艦艇にはワープエンジンの装備がありませんでした。きっと、あの艦隊を運んできた巨大な母艦が、この星系内に潜んでいるはずです」
『……なるほど。それを探し出し、破壊したいのだな?』
「確証はありませんが、試す価値はあると考えます」
『分かった。カーヴ殿の判断に任せる。私はどうも軍事には疎くてな』
モニター越しに、フランツさんが白髪を掻く姿が見えた。
「もう一つお願いがあります」
「なんだ?」
「セーラ様と共に、惑星ライスへ退避してください」
私の言葉に、フランツさんの顔が一瞬強張る。
「……つまり、惑星ドーヌルも安全ではないと?」
「はい」
「分かった。すぐにお嬢様に準備をさせる」
「感謝します」
私は可能な限りリスクを減らす策を講じた。これで、少なくともセーラ様の安全は確保できるはずだ。
二時間後――。
ドーヌルの防衛艦隊は整然と陣形を組み、惑星アーバレストへ進軍を開始した。
同時刻、セーラ様とフランツ卿を乗せた宇宙船が、惑星ライスへ向けて飛び立つ。
そして、クリシュナは別の道を選んだ。
「エンジン始動! 速力、第二宇宙速度へ!」
『了解!』
戦術コンピューターの応答と共に、クリシュナはユーストフ星系外縁部へ向けて加速した。まだ見ぬマーダの超大型の宇宙母艦を探し出すために――。