――亜空間次元跳躍航法。
光速の壁を打ち破る、物質瞬間転送技術の極致。光速を超える瞬間、物質は全てその構成情報を失い、原子の海へと還る。
宇宙船も、乗員も、その存在を保つことはできない。
つまり、光速の向こう側は「死」の領域なのだ。
だが、近年の技術革新は、この絶望的な障壁を突破した。移動直後に物質の組成データを瞬時に再構築するシステムが開発され、ワープ航法は現実のものとなった。
光速を超える刹那、宇宙船や乗員は原子の奔流へと解体されるが、到達後には元のデータを基に完璧に再構成される。
これがワープ航法の核心である。
しかし、この技術には制約があった。ワープを可能とする機関や演算装置は依然として巨大で、駆逐艦以下の小型戦闘艦への搭載は不可能だった。
そのため、小型艦はワープ可能な大型母艦に依存する必要があった。
さらに、ワープ航法はダークマターや物質密度の低い宇宙空間でしか機能しない。惑星や恒星が存在する星系内では、物質干渉によりワープは不可能だ。
このため、ワープの終着点は物質の希薄な宙域に限定され、敵のワープアウト地点を予測するのは容易だった。
ゆえに、宇宙空母クリシュナは、敵がワープアウトする可能性の高い宙域を執拗に索敵していた。
☆★☆★☆
「敵影確認! 大型――いや、超大型です! 質量計測不能!」
「モニターに拡大投影! 全長20キロ以上を確認!」
「でかい。……何だ、あれは!?」
クリシュナの戦術コンピューターがけたたましく警報を鳴らし、ブルーがその圧倒的なスケールに息をのむ。
捕捉された敵影は、単なる大型母艦ではなかった。その規模はもはや機動要塞と呼ぶべきものだったのだ。
「総員、戦闘配置! 第一種防御システムを展開!」
「ステルス防御スクリーン最大出力! 電磁障壁を張れ!」
クリシュナには、惑星アルファで発掘された汎用ロボット群【コンポジット】が乗員として配備されていた。
彼らは砲塔、機関、索敵システムに配置され、クリシュナの戦闘能力を極限まで引き出していたのだ。
「艦首主砲、斉射準備! 全砲塔、射撃態勢に入れ!」
「準備完了!」
「撃て!」
艦首主砲と各砲塔が眩い輝きを放ち、虹色のエネルギー束が敵機動要塞に叩き込まれた。
直撃の瞬間、高エネルギー反応による大爆発が敵艦を包み、衝撃波でその巨体がわずかに揺らぐ。
「やったか!?」
『……否、ダメージは外殻のみ! 主要システムに損傷なし!』
クリシュナの全力砲撃は敵の防御スクリーンを貫いたものの、核心部には届いていなかった。
「敵砲撃、至近!」
「機関全速、回避行動!」
敵の反撃が即座に飛来。クリシュナは全速で回避を試み、攻撃の八割をかわすことに成功した。
敵機動要塞との距離は依然として数十光秒。この間合いならクリシュナの防御システムは有効だが、同時に敵に致命的な一撃を与えるのは難しかった。
――このまま接近するか?
いや、危険すぎる。別の策が必要だ。
「敵艦載機、発進開始!」
「メインモニターに映せ!」
「了解!」
敵機動要塞の射出口が開き、無数の艦載機が吐き出された。戦術レーダーには数百機の敵機が映し出される。
雲霞のごとく襲い来る敵機は、クリシュナを標的に牙をむいた。
「対空射撃開始! VLS(垂直発射システム)起動、全力で迎撃しろ!」
クリシュナの各防御銃座には【コンポジット】が配置され、戦術コンピューターの負荷を大幅に軽減していた。
これにより、迎撃ミサイルの誘導精度が飛躍的に向上していたのだ。
「左回頭、最大舵!」
「右舷防御銃座、射撃開始!」
クリシュナは鋭く左に旋回。右舷のレーザー機銃が一斉に火を噴き、甲板からはVLSが炎を上げて対空ミサイルを次々と射出した。
鉄壁の防衛網に突入した敵戦闘機は、まるで炎に飛び込む虫の如く次々と爆散していった。
「敵第二波、迎撃成功!」
「第三波、接近中!」
「……ふむ」
応答するも、防戦一方ではジリ貧だ。クリシュナの弾薬とエネルギーは有限であり、敵の規模と質量を考えれば、消耗戦で不利なのはこちらだと明白だった。
「よし、俺は艦載機で出る。艦長代理はブルーに任せる!」
「えっ!?」
ブルーの驚愕の声を背に、私は艦載機格納庫へ疾走した。敵が艦載機を展開している間、機動要塞は砲撃を控えるはずだ。
その隙を突き、愛機である亜空間戦闘機【サンダーボルト】で一気に強襲する――それが私の計画だった。
何より、私は生まれながらに戦闘機を駆る殺人マシーンだ。生物として生を受けた人間とは異なる。
私は敵機を撃墜するために生まれた存在。敵が艦載機を繰り出してきたこの状況は、私にとって決して不利な戦場ではなかった。