……どれほど歩き続けたのだろう。
不眠不休、敵の要塞の奥深く、心臓部を目指して突き進む。
行く手を阻む敵兵は容赦なく排除し、障害物は爆薬で次々と粉砕した。
ただひたすら、奥へ。
さらなる闇の深部へと……。
「……着いたか?」
私はある扉の前に立っていた。
手に入れた地図によれば、この先は要塞の最重要区域――中枢施設だ。
間違いはないはずだ。
私は途中で奪ったIDカードをスロットに差し込み、網膜スキャンの準備を整えた。
私の眼球は、こういう時のために特別に作られている。網膜の血管パターンを自由に操作し、敵のセキュリティーシステムを欺くことができるのだ。
今この瞬間、私は敵の警備兵の眼底データを完璧に模倣し、コンピューターに誤認識させた。
『認証完了。どうぞお通りください。』
……成功だ!
重厚な扉が静かに開き、私は一歩を踏み出した。
「――!?」
そこに広がっていたのは、異様な光景だった。
無数の臓器が、まるで邪悪な装飾のように天井から吊り下げられている。
よく見れば、それは人工子宮の様だった。
低侵襲X線スコープで内部を覗くと、胎児のような――おそらくマーダ星人の幼体が、ゆらゆらと浮かんでいるのが確認できた。
ここはまるで、アリの巣の女王の部屋だった。
さらに奥へ進むと、巨大な培養槽が視界を支配した。
その中には、老いた巨大なマーダ星人が、液体の中で目を閉じ、静かに漂っていた。
その脆く崩れそうな姿は、きっと悠久の時を生き抜いた証なのだろう。
おそらく、自らの体を維持する力を失い、この培養槽で養分を補給しているのだ。
その老躯は、まるで時間の重みを体現しているかのようだった。
「――誰だ、貴様は!? 」
突然、培養槽の主が目を見開き、近くの拡声器から低く響く声が響く。
「侵入者だよ!」
私はわざと明るく、挑発的な口調で答えた。
「くそっ、人間か!?」
老体の声には、あきらかに動揺が滲んでいた。
「人間に作られたカラクリ人形さ。で、あんたに聞きたいことがあるんだ。」
私はバイオロイドの身体に組み込まれた機械部をわざと見せつけた。
その瞬間、相手の緊張がわずかに緩んだのがわかった。
「……ほう? 何だ、言ってみろ!」
重厚に響く低音が、私の鼓膜を不気味に震わせた。
私は単刀直入に尋ねた。
……マーダ星人が、かつて人間によって創造され、今もなお人間と戦い続けているのは本当か?
そして、その争いを終わらせる方法はないのか?
最近のマーダ言語への学習の成果か、私は次第に副脳を通さずとも、マーダの言語を直感的にも理解し始めていた。
「……くくく。誰がそんなことを教えた? まあ、いいだろう。それは事実だ。私の子孫たちがその真実を知っているかどうかは別だがな」
老体の声には、どこか自嘲するような響きがあった。
「では、争いを止める方法は?」
私は冷静さを保ち、声を抑えて尋ねた。
「体を改造し、人間を食わぬ体にすることもできたかもしれん。だがな、人間を狩るのは愉しい。まるで獲物を追うような快感だ。やめられんよ、ははは……」
その言葉に、私は静かに、そして冷たく微笑んだ。
そして、培養槽の操作パネルに、ゆっくりと手を伸ばした。
養分と酸素を過剰に供給する設定に切り替える。
すると、培養液がどんどん白く濁っていく。
「――な、何ヲスル!?」
老体の声に、突然の訛りが混じる。
次の瞬間、培養槽内で大量の泡が吹き上がり、老体は苦しげに身をよじった。
……やがて、動きが止まり、静寂が訪れた。
同時に、けたたましい警報が要塞内に響き渡った。
『エネルギーシステムダウン!』
『シールド出力低下!』
『エンジン制御不能!』
周囲の機器が、次々に異常を唱え、混乱を叫ぶ。
どうやら、この老体こそが要塞のコアシステムそのものだったらしい。
遠くから、要塞のあちこちで悲鳴が上がるのが聞こえた。
「……さて、掃除の時間だ。」
私は高性能爆薬を要塞の各所に仕掛け、離れた場所から点火した。
一瞬にして、マーダの巣は炎に包まれた。
無数の胎児を焼き尽くす行為に、さすがに一瞬の躊躇がよぎった。
――これで私も、地獄行きかな?
だが、立ち止まる暇はない。
駆けつけるマーダ兵を物陰でやり過ごし、私は飛行場へと急いだ。
途中で重力制御スクーターを奪い、一気に滑走路へと飛び出す。
「この辺だったはず……!」
残骸の陰に隠していた愛機に飛び乗り、ハッチの開口部から宇宙の闇へと脱出した。
「クリシュナへ! 敵中枢から脱出した! 敵要塞に砲撃を開始しろ!」
『了解!』
私の愛機のすぐ横を、眩いレーザービームの奔流が駆け抜け、敵要塞に深く突き刺さった。
防御スクリーンを展開できなかった要塞は、クリシュナの砲撃が直撃し、次々と爆発が連鎖した。
剥がれ落ちた外殻の隙間から、内部構造が露わになる。
クリシュナ――我が宇宙空母は、艦首主砲と砲塔の照準を内部構造部に合わせ、一斉射。
ミサイルの嵐が要塞を飲み込み、さらなる破壊を重ねる。
「ブルー、敵のエンジンを狙え!」
『了解!』
外殻が剥がれ、エネルギーの供給元であるエンジンが露出した瞬間、クリシュナの全力射撃が直撃。
そこへ、援軍として駆けつけたライス伯爵領の旧式艦艇四隻も加勢し、集中砲火を浴びせた。
ついに、まばゆい光と共に、巨大な爆発が要塞を粉砕、宇宙の藻屑と化したのだった。
☆★☆★☆
「よいしょっと!」
格納庫で作業に没頭していた私に、ブルーが声をかけてきた。
「旦那、何やってんです?」
「いや、初めて大型機動要塞をぶっ壊した記念に、愛機にでっかい撃墜マークでも描こうかとね……」
「いやいや、要塞を仕留めたのはクリシュナの砲撃でしょ? だったら、クリシュナの艦首に描くべきですよ!」
「……なるほど、そっちか!」
――後日。
私とブルーはクリシュナの艦首側面に、でかでかと撃墜マークをペイントした。
もちろん、莫大なペンキ代がかかったのは言うまでもない。