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渋谷騒乱
渋谷騒乱
夏坂ナナシ
ホラー都市伝説
2025年06月02日
公開日
1.7万字
連載中
これは私の最期の記録である。2025年6月、渋谷の再開発現場で、血のように赤い石の祠が発見された。その異様な構造は、人の手によるものとは思えず、私は宗教学者として調査に向かった。しかし、それは単なる遺物ではなかった。“彼ら”は動き出していた。

プロローグ

 ごめんなさい。

 あなたは今——この瞬間に、呪われました。

 ええ、あなたのことです。

 ぼんやりとこのページを開いてしまった、そこのあなた。

 ネオページの画面を親指でスクロールしている、”あなた自身”のことです。





 ……唐突すぎましたか。失礼。学者というものは往々にして、説明よりも事実の提示を優先しがちなのです。

 ですが、何度でも申し上げます。これは事実です。冒頭の「ごめんなさい」も、小説的演出ではありません。演出なら、もう少し巧妙に構成したでしょう。

 というか、そもそも——これは物語と呼べるものなのでしょうか?

 少し語弊がありますね。より正確には、これは「記録」です。

 私の、そして、あなたのこれからの記録。

 この文章を読んだということ、それこそが合図でした。

 無自覚のまま、あなたは今、第一歩を踏み出してしまったのです。

 始まりの鐘は、静かに、しかし確かに、鳴りました。

 ですから、謝罪が必要だったのです。

 巻き込んでしまったことへの、学術的には不適切な、しかし人間として当然の——謝罪。

 申し訳ありません。……いえ、もしかすると、その言葉では足りないのかもしれません。

 それでも、もう何かが目を覚ましつつあります。

 あなたの背後で。

 音もなく、気配だけを伴って。

 まるで舞台の幕がふわりと上がるように。

 そしてあなたの日常に、知らぬ間に、そっと忍び寄っているのです。

 信じるかどうか、ですか?

 ええ、それはお好きにどうぞ。ですが、申し上げておきます。

 これは「信じる/信じない」の問題ではありません。

 信仰とは選択ですが、呪いは、強制です。

 それは、雨の日に靴下の内側がじっとり濡れていたときの、あの不快さのように。

 あるいは、夢でしか見たことのない顔を、なぜか現実の駅の雑踏で見かけたときの、あの奇妙な既視感のように。

 じわじわと。静かに。知らぬ間に。

 呪いは、そうして入ってくるのです。

 私は、一介の宗教学者にすぎません。

 この目で数多くの信仰、祭祀、儀式、そして人々の祈りと恐れを見てきました。

 合理と迷信、希望と絶望、その曖昧な境界を研究対象としてきた者です。

 信じることは、人間の本能であり、弱さであり、同時に強さでもあります。

 私は、そんな「信じること」に、人間らしさを見てきました。

 けれど——あの“祠”だけは、違ったのです。

 渋谷の再開発。

 都市の皮膚を剥ぐように、アスファルトが掘り返され、その下から——ありえないものが現れました。

 文献に記録はありません。地図にも、信仰の系譜にも、どこにも痕跡がない。

 まるで、それはこの世界の"裏側"から染み出てきたような存在でした。

 それでも、確かに“そこに”あったのです。

 否定はできませんでした。私の目が、それを見たのですから。

 私は調べました。宗教学者として。

 私の前に、それを記そうとした誰かの意思を感じ取ったからです。

 それは研究ではなく、ある種の——儀式でした。

 どこかで、誰かが止めてくれると思っていました。

 非常識な何かが露出したのだから、当然、警鐘が鳴らされるはずだと。

 だが、誰も動かなかった。誰も、止めなかった。

 そして、祠は——壊されました。

 取り返しのつかないかたちで。

 ……もう、遅かったのです。

 ですから、あなたにお願いがあります。

 これから綴られる記録を、どうか最後まで読んでください。

 読んだからといって、呪いから解放されるわけではありません。

 それは幻想です。むしろ、読んだがゆえに、深く関わることになるでしょう。

 それでも、知らぬまま巻き込まれるよりは幾分かマシです。

 それが、いまの私に言える、唯一の慰めです。

 この記録は、私からあなたへの——バトンです。

 呪いと向き合う次なる誰かが、ほんのわずかでも手がかりを得られるように。

 “それ”は、まだ都内のどこかに残っています。

 姿なき影として。名もなき存在として。

 ですから、お願いです。

 見つけても——壊さないでください。

 いじらないで。撮らないで。

 敬意も、無関心も、もう届かないかもしれませんが……せめて、忘れないで。

 そして——これは、私の幕引きです。

 同時に、あなたの——開幕です。


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