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禁断の果実
禁断の果実
オデットオディール
恋愛現代恋愛
2025年06月02日
公開日
2.3万字
完結済
道ならぬ恋 ━━ それは止める事が出来ず、私の中へ滔々と流れ込んで来る…。 父の葬儀で出会った一人の僧侶・道生<みちお> 彼との出会いが私・清果<きよか>を変えて行く…。 許されぬ恋、そんな恋に落ちた二人の行く先は…。

第1話ー出会いー

父の四十九日の法要。朝からお寺に来て、応接室に通される。私の他に誰も居ない応接室。対応してくださったのはこのお寺のご住職の奥様だろうか。その奥様も私が一人で来たのを見て、怪訝そうな顔をしている。


ふふ、と笑みが漏れる。


怪訝そうな顔をされるのも仕方ない。普通はきっと少なくても数人で来るんだろうから。


◇◇◇


どれくらい待っただろうか。トタトタと足音がして、副住職が現れる。

千城ちしろさん、もう少しお待ち頂けますか。」

副住職は優しい笑みでそう言う。

「はい。」

返事をする。副住職に微笑まれただけで私は頬を染める。ダメよ、今日は父の法要なんだから。そう思って表情を引き締める。副住職は応接室に入って来て、机の上に置いてあるお骨と遺影、位牌を確認する。

「すぐに本堂へ運ばせます。」

そう言って振り返った副住職の袖が、遺影の写真を引っ掛ける。写真が机の上から落ちそうになって、慌てて手を出す。副住職もそうだった。二人で写真を支える形になる。手と手が触れ合い、私は手を引っ込めそうになって、それでも写真を落とす訳にいかなくて。

「失礼致しました。」

副住職が柔らかく言う。

「いえ。」

写真を机に戻しながら、私は俯く。こんなによこしまな想いを抱えた私は、きっと汚れているんだろうな、と思う。


◇◇◇


私の父が亡くなったのはひと月ちょっと前の話だ。私はこの世でたった一人の肉親を亡くした。


急逝


その言葉が本当にピッタリだ。父と私はそれぞれ、別々に暮らしていた。母はもう二十年も前に亡くなっている。母が亡くなったのは私が八歳の時。ガンだった。それから二十年、父は一人で私を育て上げてくれた。そうして私が二十歳になった頃、私は自立の為に家を出たのだ。時折、実家に帰っては父と過ごしていたけれど、父は元気そうに見えたし、どこか悪いとも聞いていなかった。


そんな父が亡くなった。あっという間に。心臓病だったそうだ。


最初は信じられず、泣くだけしか出来なかった。それでも無常に時は過ぎて行く。病院の看護師さんから紹介して貰った葬儀屋さんに頼み、実家に戻って葬儀の準備をする。連絡をしなくてはいけない親戚に連絡をすると、皆、遠方だから、高齢だからとそれらしい理由を言って、葬儀には来ないという。


それで良いと思った。誰も来なくて良い。私一人で父を送る。そう決めて、私は自身の務めている会社に連絡し、忌引きを取った。同僚や上司はすごく心配してくれて、手助け出来る事があれば何でも言ってくれ、なんて言ってくれた。親戚よりも同僚や上司の方が優しいなんて笑える話だ。


そうして流されるままに葬儀を決めて、葬儀屋さんの手配で僧侶の方と葬儀前に会う事になった。


葬儀前、葬儀屋さんから聞いたお布施と御車代、御膳料を確認して、それを持って案内された控室に入る。法衣を着た僧侶の方が座っていらした。思っていたよりも若い。ご挨拶をし、お布施などをお渡しする。僧侶の方が柔らかい声で話し出す。

「お戒名について、ご説明させて頂きますね。」

父が亡くなって、葬儀までの間に一度だけ、この声と話した事を思い出す。戒名を決める為に父の人となりを話したのだ。滔々と流れるように話す僧侶の方。温かみのあるお声。聞いているだけで心が満たされて行くような感覚になる。お話を聞きながら、思っていたよりも若いのだなと、そんな事を思う。

「本日は住職の都合がつかず、副住職の私で失礼致しますね。」

そう言いながら副住職が微笑む。

「とんでもないです。逆にすみません、こんな誰も来ないような葬儀で。」

そう言うと副住職は微笑み、言う。

「どんな方であってもきちんと務めさせて頂きます。」


◇◇◇


誰も来ないと思っていたけれど、実家のご近所の方や、私の会社の同僚、上司がお通夜に来てくれたりして、葬儀は滞りなく終わった。火葬場までは葬儀屋さんの手配した車で行き、通常であれば、お骨は二人で拾うのだけれど…。私一人しか居ない。それを見て、火葬場の方や副住職までもがお骨を拾ってくださった。

「ありがとうございます。」

そう言うと副住職は微笑んで言う。

「いえ、これも何かのご縁でしょう。」


◇◇◇


葬儀が終われば、後は事務的な処理と、実家の片付けだ。仕事の方は四十九日まではお休みで良いと言われてそうさせて貰った。実家はそれほど物は無い。父は私が家を出てから、実家の物を少しずつ片付けていたようだった。


そんな折、実家の電話が鳴る。出てみればそれはお世話になった副住職だった。

「お世話になっております。」

そう言うと電話の向こうで副住職が言う。

「ご葬儀、お疲れ様でございました。」

そう言う副住職の声の向こうは少し騒がしい。

「…何か、ご用がございましたか?」

実家の電話の前で座って聞く。

「いえ、ご法要の事と…それからお気を落とされていないか、少し心配をしておりました。」

優しい人だなと思う。でもそれは誰にでもそうなのかもしれない。法要の事とそう言っていたもの。そう思いながら私は不謹慎にも、副住職の声が聞けた事に少し気持ちが揺れる。


◇◇◇


四十九日の法要は私一人の都合で決めれば良いから、日程なんかは楽に決める事が出来た。


そして四十九日の法要の日。


副住職が法衣を着て、私を伴って本堂へ入る。

「お座りください。」

そう言われて私は用意されている席へ座る。法要の間中、私は副住職のお経を聞きながら、不謹慎にもとても素敵な声だなとか、そんな事を考えていた。


◇◇◇


「お墓へはどのように?」

そう聞かれて私は言う。

「タクシーを呼ぼうと思います。」

そう言うと副住職が言う。

「それでしたら、私の車で一緒に行きましょう。」

そう言われて少し驚く。

「え、良いんですか?」

聞くと副住職が笑う。

「えぇ、どうせ行く場所は一緒ですからね。」

そう言って、副住職は私を見て微笑み、言う。

「道案内、お願いします。」


◇◇◇


車に乗る。車内に二人きり…。発車する前に車のナビにお墓の場所を入力しておく。

「ここからだと…30分くらいでしょうか。」

副住職がそう言う。

「そうですね。」

助手席に乗って、シートベルトを締め、お骨を抱える。

「石材店の手配は…」

副住職はそう言いながら、運転を始める。

「あ、もう石材店さんの方には連絡してあります。」

車が進み始める。運転をする副住職を視界の隅で意識しながら、私は前を向く。副住職は結構、若く見えるけど、年はいくつくらいなんだろう…僧侶なのだから、俗世は捨ててるんだよね…あ、でも住職は奥様がいらっしゃるし…こういう人も普通に恋愛するのかな…。不謹慎だとは思っても考えが止まらない。不意に副住職が笑う。

「ふふ…」

私はビックリして副住職を見る。

「いや、失礼。緊張されているのかなと。」

私が黙ったまま前を見ているから、そう思ったのかなと思う。

「いえ、でも、何を話したら良いのか、分からなくて…」

苦笑いしながらそう言うと、副住職が笑う。

「そうですよね。」

そして、信号で止まると、私を見て微笑む。

「何でもお聞きしますよ? 何でも聞いてください。」

その微笑みにドキッとする。


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