ややあって、住職は私に今日、私を呼んだ事について話し出した。
「先日の件、聞きました。」
先日の件、それは伯母の事だろう。
「お加減はいかかですか?」
そう聞かれ私は少し笑って言う。
「もう大丈夫です、心配していた後遺症も無いそうです。」
私の首に付いていた痣も、腕に付いていた痣も、もう黄色くなってその痕を消そうとしている。
「道生くんから話を聞いて驚きました。」
住職は慈愛の表情を浮かべている。
「そして道生くんが
そう言って笑う住職の顔を見ていると、もう何かもをお見通しなのだなと感じる。
「道生くんから、話は聞いております。」
住職がそう切り出す。
「一般的に僧侶と聞くと、戒律を重んじて、俗世を捨てて、などと思われている方が多いのですがね。」
住職はそう言って道生さんを見る。
「僧侶も恋愛はするんです。」
そう言われた事が意外だった。
「現に私も結婚しています。そうしなければ、寺などすぐに無くなってしまいますからね。」
言われてみれば当然だった。
「道生くんが選んだ人ですから、私としては親のような気持ちになりましてね。残念ながら今までお会いする事が叶わなかった
今、道生くんが選んだ人と、そう言った…? 住職は少し笑って言う。
「これからは堂々と、お寺にいらしてください。道生くんに会いに。」
ポツポツと雨が降り出していた。紫陽花の咲くお寺の庭を横目に、私は初めて離れに入った。
「ここが私が生活している部屋です。」
障子を開ける。中はまるで江戸時代かのような造りだ。小さな机にはいくつかの書物が置かれ、それ以外に箪笥があるだけの部屋。
「どうぞ。」
そう言われてその部屋に入る。道生さんが障子を閉める。薄暗い部屋、灯りを点けようとした道生さんの手を止める。道生さんはそんな私に微笑んで、その場に座る。
「住職さんにお話したんですね。」
そう言いながら道生さんの横に座る。
「はい、お話しました。」
道生さんの手が私の腰に回る。
「ずっとこれは良くないのでは無いかと、悩んでいました。だから住職に話して、指南を受けようと思ったのです。」
道生さんを見上げる。
「住職は私の話を聞いて笑ってくださいました。そうしてさっき
道生さんは静かにそう言いながら、私の髪を撫でる。
「私はあなたを愛しています。私の心の内を激しく揺さぶるのは
ポツポツと紫陽花の葉を打つ音が聞こえる。
「そしてそれはこれからもずっとあなただけだと、私は確信しています。」
道生さんが私を見る。その瞳は温かく、私を撫でる手は優しい。
「あなたはどうですか?」
そう聞かれおかしくて笑う。
「私も同じように思っていたんです。僧侶であるあなたは私にとっては禁断の果実でした。決して手を伸ばして行けない、けれど、その誘惑には決して勝てない…禁断の果実です。」
道生さんの顔が近付く。
「禁断の果実の味はどうでしたか?」
そんなふうに意地悪な質問をされて、私は道生さんを見つめながら言う。
「手を伸ばして味わった果実は、禁断では無かったけれど、それは私の唯一無二の果実になりました。」
唇が触れそうな程の距離。もどかしくて私は背を伸ばす。
甘くて、決して禁断ではなかった、その果実を味わう為に。