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第10話ー禁断の果実ー

ややあって、住職は私に今日、私を呼んだ事について話し出した。

「先日の件、聞きました。」

先日の件、それは伯母の事だろう。

「お加減はいかかですか?」

そう聞かれ私は少し笑って言う。

「もう大丈夫です、心配していた後遺症も無いそうです。」

私の首に付いていた痣も、腕に付いていた痣も、もう黄色くなってその痕を消そうとしている。

「道生くんから話を聞いて驚きました。」

住職は慈愛の表情を浮かべている。

「そして道生くんが千城ちしろさん、あなたを救ったと聞いて、私も鼻が高いのですよ。」

そう言って笑う住職の顔を見ていると、もう何かもをお見通しなのだなと感じる。

「道生くんから、話は聞いております。」

住職がそう切り出す。

「一般的に僧侶と聞くと、戒律を重んじて、俗世を捨てて、などと思われている方が多いのですがね。」

住職はそう言って道生さんを見る。

「僧侶も恋愛はするんです。」

そう言われた事が意外だった。

「現に私も結婚しています。そうしなければ、寺などすぐに無くなってしまいますからね。」

言われてみれば当然だった。

「道生くんが選んだ人ですから、私としては親のような気持ちになりましてね。残念ながら今までお会いする事が叶わなかった千城ちしろさんにお会いしたいと、私が道生くんに言ったんです。」

今、道生くんが選んだ人と、そう言った…? 住職は少し笑って言う。

「これからは堂々と、お寺にいらしてください。道生くんに会いに。」


ポツポツと雨が降り出していた。紫陽花の咲くお寺の庭を横目に、私は初めて離れに入った。

「ここが私が生活している部屋です。」

障子を開ける。中はまるで江戸時代かのような造りだ。小さな机にはいくつかの書物が置かれ、それ以外に箪笥があるだけの部屋。

「どうぞ。」

そう言われてその部屋に入る。道生さんが障子を閉める。薄暗い部屋、灯りを点けようとした道生さんの手を止める。道生さんはそんな私に微笑んで、その場に座る。

「住職さんにお話したんですね。」

そう言いながら道生さんの横に座る。

「はい、お話しました。」

道生さんの手が私の腰に回る。

「ずっとこれは良くないのでは無いかと、悩んでいました。だから住職に話して、指南を受けようと思ったのです。」

道生さんを見上げる。

「住職は私の話を聞いて笑ってくださいました。そうしてさっき清果きよかさんに話した事を話してくれました。自分に話したという事は、それなりの覚悟があったのだろうと、そう言われて、私は頷いたんです。」

道生さんは静かにそう言いながら、私の髪を撫でる。

「私はあなたを愛しています。私の心の内を激しく揺さぶるのは清果きよかさん、あなただけだ。」

ポツポツと紫陽花の葉を打つ音が聞こえる。

「そしてそれはこれからもずっとあなただけだと、私は確信しています。」

道生さんが私を見る。その瞳は温かく、私を撫でる手は優しい。

「あなたはどうですか?」

そう聞かれおかしくて笑う。

「私も同じように思っていたんです。僧侶であるあなたは私にとっては禁断の果実でした。決して手を伸ばして行けない、けれど、その誘惑には決して勝てない…禁断の果実です。」

道生さんの顔が近付く。

「禁断の果実の味はどうでしたか?」

そんなふうに意地悪な質問をされて、私は道生さんを見つめながら言う。

「手を伸ばして味わった果実は、禁断では無かったけれど、それは私の唯一無二の果実になりました。」


唇が触れそうな程の距離。もどかしくて私は背を伸ばす。


甘くて、決して禁断ではなかった、その果実を味わう為に。


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