「
「はい! すぐに!」
今日も
梨沙子は明るくて努力家な25歳。彼女がいると患者たちも元気がもらえると言っており、皆に信頼されている。日によって担当する患者は違うが、自分の病棟内の患者は大体把握できている。日勤も夜勤もあり慣れたものの、急患が入ったり患者に異常が見つかると途端に忙しくなる。
「このタイミングで
梨沙子の病棟には10歳年上の彼氏である
偶然同じ病棟に朔太郎と一緒で最初は嬉しかった梨沙子。しかしここでは「藤山先生」「如月さん」と呼び合い、お互い多忙で話す余裕はない。何なら同じ病棟なのに朔太郎は梨沙子のシフトすら知らない。医者は普段の病棟患者への対応は看護師に任せているのだ。
さらに偶然が重なり、梨沙子の中学時代の同級生である
「はぁぁ〜」
ある日のお昼休みに陽子と食事を取る梨沙子。
「梨沙ちゃんは大学卒業から3年ぐらいかしら、とても慣れているわね。私も心強いわ」
「水川先生〜♪ 研修医の先生ってまだまだだから少し不安なんだけど、陽子ちゃんなら何だかホッとするな♪」
陽子はショートカットに眼鏡が似合う美女で頭脳明晰。中学生の頃から医者を目指していた。当時、数学が苦手だった梨沙子につきっきりで勉強を教えてくれた優しい友人である。高校以降も時々会う仲であった。真面目で周りからはとっつきにくいと思われている陽子だが、梨沙子は何も気にせず明るく話しかけてくれる。そんな梨沙子に陽子も元気をもらっていた。
「藤山先生は相変わらず忙しそうね、今日は見かけないけれど」と陽子が言う。
「今日は外来で下の階におりているから夕方まで戻ってこないわ、患者さんの話も最後まで聞くから外来は大体1時間待ち。さすが藤山先生ね」と梨沙子がため息をつく。
少し前まで「朔ちゃん」と言って朔太郎に甘えており、惚気話も多かった梨沙子が一度も朔太郎を名前で呼ばない。プロ意識の高さに陽子は尊敬の眼差しを向けた。
「私も頑張らないとね」
だが、現実はそう甘くはない。
入院患者に話を聞きに行っても研修医だからなのか、あまり話すことができずに表面的な会話で終わってしまう。
「最初はみんなそうだ、水川先生は患者さんに確認すべき内容は全て把握できている。少しずつコミュニケーション取れるようになっていくよ」
「ありがとうございます、藤山先生」
「水川先生、お疲れ様です!」
ある日の夕方、陽子が帰る支度をしていると梨沙子がやってきた。
「梨沙ちゃん、今日は夜勤だったわね。無理しないようにね」
「任せて! このあたし! 如月さんがいたら夜中も安心! ところで水川先生? 今日はちょっとオシャレ……されていますね?」
「あ、彼と約束していて」
「うふふふふ。楽しんできてください!」
陽子の彼氏、
急にアロンが外で食事したいなんてどうしたのかしら、と陽子は思う。病院を出るとすぐに彼が見えた。
「迎えにきてくれたの?」
「もちろんさ、陽子。乗って」
車で連れて行かれた先には忘れもしない、アロンと初めて行った一流ホテルであった。
「ここはあのホテルね、懐かしいわ」
「陽子。これ、君のためにデザインして作ってきたんだ。着てくれないか?」
アロンに紙袋を渡されて陽子はレストルームへ行く。中には淡いエメラルド色の素敵なワンピースが入っていた。いつの間に作ってくれたのだろうか。
「お待たせしたわ」
陽子が出てくるとグレーのタキシードを着たアロンがこちらを見て微笑んでいる。陽子は初めて彼とここに来た時のことを思い出し、胸の高鳴りを感じた。
すっかり見慣れているはずなのにアロンって……こんなに素敵な人だったかしら。
最上階のレストランは何年ぶりだろうか。皆、アロンのことを見ているようだ。初めて会ったあの頃からアロンはどんどん魅力的になっていくように陽子は思う。彼女は医学部の勉強であまり時間的な余裕がなかったこともあり、こうして彼と一緒にいると未だに緊張してしまう。陽子がじっと見ているとアロンが気づいた。
「フフ……君にそこまで見つめられるとドキドキしちゃうな」
同じことをアロンも考えていたようだ。
そしてバルコニーに出る。ああ、ここで彼に告白されたんだっけと陽子が思い出す。
「陽子、これは僕から」
彼の手には小さな箱。中身はダイヤモンドが輝くエンゲージリングであった。
「陽子……僕は、君のことを心から尊敬している。これからも僕の隣にいてほしいんだ」
「アロン……いつもありがとう。あなたの存在が私の支えになっているの。正直、医学部ってここまで大変だとは思わなかったけど、あなたがいたから頑張ることができたのよ」
アロンが陽子をぎゅっと抱き締めた。
「結婚しよう、陽子」
「はい……アロン」