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第2話 結婚後に考えること

「きゃぁー陽子ちゃん! アロンさんと結婚することになったの? おめでとうー! 夜勤だったけど一気に目が覚めちゃった!」

 翌日、出勤してきた陽子から話を聞き、梨沙子が興奮している。

「梨沙ちゃんありがとう。こんなに早いとは思わなかったわ。梨沙ちゃんだって……藤山先生ともうすぐなんじゃないの?」

「え? そうかな……」


 梨沙子は看護師として勤務してからは毎日業務をこなすので精一杯であり、朔太郎との時間はなかなか取れていなかった。朔太郎は真面目ゆえに少し女心に関して鈍感なところがある。一方でアロンはデザイナーとして普段から女性と仕事していることもあり、女心には気付きやすい。


「陽子ちゃんはいいなぁ。アロンさんに愛されていて」

「梨沙ちゃん……」

 寂しそうな梨沙子の横顔を見て陽子は少し心配になった。そういえば梨沙子からは、朔太郎と過ごす時間があまり取れていないとも聞いた。すれ違いにならなければ良いのだが。


「じゃあ日勤さんに引き継ぎしてきます! 水川先生!」

 仕事モードになった梨沙子はPCをワゴンに乗せて日勤看護師の元へ行った。

「さて、私も頑張らないと」陽子も準備をする。



 数ヶ月後、陽子とアロンの結婚式は盛大に行われた。陽子のドレスはアロンがデザインした世界でひとつだけのドレス。ふんわりとしたドレスに花びらのようなレースが斜めにあしらわれており、オフショルダーのデザインは陽子の肩やデコルテを美しく見せている。


 梨沙子と朔太郎も出席者として呼ばれており、2人の嬉しそうな顔を見て自分たちも幸せな気分となった。だが、梨沙子と朔太郎の間にはまだ結婚という話は出ていない。仕事を理由に考えることを遠ざけているような気もする。いつからこうなったのだろうか。これが倦怠期というものだろうか。


 新居も決まり、家事全般が得意なアロンが研修医として頑張る陽子を支えているようだ。夕食も彼のセンスが光っている。

「アロン……あなたも仕事が大変なのにここまでしてくれなくても」

「気にしないで、陽子。君には家でゆっくりして欲しいんだよ」

「ありがとう」


 一見順調そうな結婚生活に見えたが、陽子には気になることがあった。婦人科を受診したところ、子どもが出来にくい体質だと分かったのだ。

「自然に妊娠することは難しいですね。体外受精や顕微受精も視野に入れてください」

 そう言われた陽子はアロンにも言い出せず、一人で悩んでいた。そして体外受精や顕微受精について調べていた時にあることに気づく。

「そうか……こうすればいいわ……」



 そしてある日の昼休みに梨沙子と陽子は一緒に昼食をとっていた。

「うっそ! アロンさんの手作り弁当……! 美味しそう! しかもカラフルでお洒落すぎる!」

「ここまでしなくてもいいのにね、料理が好きなのよ」

「羨ましい……アロンさんって完璧な旦那さんだわ」

「ふふ……藤山先生も私から見たら尊敬できる先生よ?」

「そう! 患者さんには人気、仕事もできるいい男……なんだけどね。あたしのことはもう忘れているのかも」

「梨沙ちゃん……」


 梨沙子が学生時代の頃は「朔ちゃんと同じ病院で働く!」と張り切っていてとても仲が良かった。それが自分も就職となり、日勤や夜勤もあるとなかなか会う時間が取れないのかもしれない。梨沙子も仕事に充実感を持っており、実際に明るく患者に接している。

「今はこれでいいような気がするんだ。お互い頑張りどきだし」


 こう言う梨沙子はやはりどこか寂しげに見える。本当は朔太郎との時間を作るべきなのだろうが、そんな余裕が自分にはない。まずは看護師として目の前のことを順番に片付けていかなければならないのが現実である。



 家に帰った陽子はアロンと話す。

「梨沙ちゃん、藤山先生との時間が取れていないみたいなのよ」

「ああ……朔太郎は仕事のこととなるとそれ一本になるからね。医大生の時からそうだったよ。まぁ患者さんの健康が第一だから仕方ないかもね」

「どうにかならないのかしら」

「君は優しいね」

「え? まぁ……お友達だから……」

「2人には2人のペースがあるんだよ。僕のことも考えて欲しいな……陽子」

「アロン……」


 アロンに抱かれながらも陽子は考えていた。体外受精と顕微受精でしか、子どもを授かれないかもしれないということを。そしてこれに対して自分はどう考えるか……やはり子どもが欲しい。可能性があるならそれに賭けたい……



 数日後、陽子は病棟で朔太郎と打ち合わせをしていた。患者のカルテを見ながら薬の投与の相談をしつつ、副作用履歴の確認もしていく。一通り話し終わった後に陽子は梨沙子のことを聞いてみることにした。

「ああ、彼女かい? もうすっかり看護師として慣れてくれているから助かっているよ。きっと今が一番仕事が楽しい時なんじゃないかな」


 こう言う朔太郎は、やはり女心が分かっていなさそうだなと陽子は思った。どうして男の人は彼女の変化に気づかないのだろうか。いや、大体の男性はそうなのだろうか。アロンが特別に気遣いできる男性なのだろうか。

「もう一つ、藤山先生にお話がございます……」

 陽子はそう言って朔太郎にある相談をした。



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