目次
ブックマーク
応援する
2
コメント
シェア
通報

第3話 入院中のひととき

 それは突然の出来事だった。

「アロン! 大丈夫だからね……」

 夜中にアロンが倒れ、緊急入院することになった。ベッドに乗せられ、運ばれるアロンのそばに陽子がついて声をかけ続けている。救急看護師がバイタルを測定し、夜勤の医師に伝達する。そして陽子の所属する病棟に運ばれたアロン。そのまま彼女は一晩中彼のそばについていた。


 朝になり梨沙子が出勤すると病棟が妙に慌ただしい。こういう場合は大抵緊急入院が入った時である。そう思いながら梨沙子がPCを見ていると看護師長が彼女を呼んだ。

「園田アロンさん、昨晩緊急入院されました。担当看護師を如月さんとしておりますのでよろしくお願いします」

「アロンさんが……? はい、承知しました!」


 ちなみに担当看護師といっても四六時中患者についているということではない。患者に治療の説明を行ったり、時にカンファレンスに出席することがあるぐらいだ。基本的に看護師は毎日様々な患者に対応する。

 梨沙子は早速ワゴンを押しながらアロンの部屋に向かった。個室をノックする。


「園田さん、園田アロンさんですね。本日担当の如月です。よろしくお願いします」

 アロンは点滴に繋がれた状態で上体を起こしていた。そしてそのヘーゼルアイが梨沙子の顔をじっと見つめている。


「アロンさーん? 大丈夫ですか?」

「あ……よろしくお願いします」

「では! 体温計をこちらに置いておきます。血圧と酸素、測りますね」

 計測中もアロンは梨沙子から目を離さない。梨沙子もアロンのその瞳を見つめてしまった。ずっと見ていられるのはどうしてだろうか。不思議に思った梨沙子が尋ねる。

「あの……あたし何かおかしいですか?」

「いや……久しぶりに梨沙ちゃんに会ったなと思ってさ」

「ですね! 結婚式以来かな」

「梨沙ちゃんは笑った顔が素敵で……見惚れていたんだ」


 アロンにそう言われて梨沙子は久々に胸の奥がキュッとするのを感じた。前は朔太郎によく言われていたな、と思いながら。

「嬉しい……アロンさんは優しいな」

 照れている梨沙子もまた可愛いと思うアロンである。

「主治医が朔太郎で梨沙ちゃんが看護師だなんて、心強いよ」

「ありがとうございます! 今日の午後から治療に入りますので、また藤山先生からも説明があると思いますが……何かあればお呼びくださいね。あっ……」


 梨沙子がアロンに近づく。アロンは思わず梨沙子の手を握った。

「え……?」

「あ……ごめん……初めての入院で不安になって」

「ふふ……皆さんそうおっしゃいますよ。ナースコール、あなたの後ろに引っかかってたから、ここに置いておくわね」


 個室を出てから梨沙子はふぅと息をついた。まだ心臓がドキドキしている。

 不思議な人……アロンさん。まるでそのヘーゼル色の瞳に吸い込まれそうな気がする。はっ……何考えているのよ。陽子ちゃんの旦那さんじゃないの。ちゃんと看護師として仕事をしなくては……藤山先生も後で来てくれるだろうし。


 一方で朔太郎はアロンの電子カルテを見ながら陽子と打ち合わせをしていた。

「しばらくこの薬を投与する。副作用もあるかもしれない。早速説明しに行こう。水川先生も一緒に来てくれる?」

「はい、藤山先生」


 アロンの部屋で治療に関する説明をする朔太郎と陽子。陽子は一晩アロンにつきっきりであったため少し疲れが見える。

「陽子……じゃなくてここでは水川先生かな? 無理しないで。少しは寝た方がいいよ」

「ありがとう、アロン」

 陽子は休息が必要と判断し、午前中で退勤することになった。



 それからというもの、時々梨沙子はアロンの部屋に行くようになった。もちろん仕事としてではあるが、通常の4人部屋と比較すると個室は患者とコミュニケーションが取りやすい。土日など一般的に検査や治療が入っていない時は病棟も落ち着いているため、個室の患者が看護師と世間話をする場合も多いという。


「アロンさん♪ お邪魔しまーす。点滴持ってきました」 

 梨沙子が笑顔で話す。そして点滴の滴下数を調整して「よし!」と言っている。

「それ、あっという間に調整するんだね。昨日の看護師さんは時間かかってたよ」


「若葉マークついてた子でしょ? そうなの、最初あたしも時間かかっちゃって。今は大丈夫! 3時間で合わせてあるからね」

「他の患者のところにも行っているんだろう? 知らなかったな。主治医よりも看護師の方が圧倒的に話す回数が多いんだね」


「先生は皆さんお忙しいですからね……ってあたしも最近夜勤続きなのよね、やっと今日は日勤! って思ったらまた次が夜勤なの。よくわからないシフトだわ……」

「じゃあ次は……夜に来てくれるの?」

「どこの部屋かはわからないけど、ふふ……またアロンさんの部屋だったりして」

「だったら……嬉しいな」


 そのアロンの穏やかな表情を見て梨沙子は再び胸の奥がキュッとしてしまった。

 そういえば、最近は忙しすぎてこんな風にゆっくり誰かと会話をする余裕なんてなかった。気づいたらあたしばかり喋っちゃってる? だけど何だか落ち着くのよね。アロンさんのお部屋って。


 アロンの治療が本格的に始まり、本人も時々辛そうにしている。梨沙子の次の夜勤の日、まずは日勤看護師から引き継ぎを受けていた。

「園田アロンさん、苦しさもあって夜なかなか休めていないみたい。今日は日中どこかで寝ていたって聞いたけれど」

「わかったわ。夜、様子を見ておくわね」と梨沙子が言った。


「梨沙ちゃん、お疲れ様」と陽子が言う。

「水川先生ぇーまた今日も夜勤だわ」

「ふふ……如月さんがいたら夜中も安心、なんでしょ? だけど、無理しないようにね」

「そうだ! アロンさん、日中の様子はどうだった?」

「そうねぇ、やっぱり辛そうにはしていたわ。私も心配だけど順調だと聞いているわ。藤山先生も問題ないって」

「ありがとう」


この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?