ボクはたぶん猫だ。名前はまだない。ただ、おぼろげな前世の記憶がある。
ボクは中学3年生だったと思う。日本のどこかの海沿いの町に住んでいて、学校からの帰り道、大きな地震があって津波に飲まれたことだけは覚えている。でも、自分の名前も、住んでいた場所も、家族や友だちのことも、すべて記憶に薄いベールがかかったようで思い出すことができない。
津波に飲まれた時、誰かを助けようとしていた気がするが、それもぼんやりとした霧の中だ。
とにかく気が付いたらここにいた。目の前に見えるのはリンゴか何かを入れる木箱の外枠のようだ。体の下には干し草が敷き詰めてある。板のすき間から道行く人たちが見えた。眼がしっかり見えるということは、生まれたてではなさそうだ。ただ、全身に痛みがあって立ち上がることはできそうもない。体は……三毛? メスってことか!? ってあれ、下の方は……付いてるみたいだ。ボクの世界では三毛のオスは相当珍しかったけど……。この世界では違うのだろうか。
道行く人の服装はボクのいた世界とはだいぶ違う。洋服みたいだが、なんだかひどく古めかしくい。防具を付けて剣を脇に差している人がいる。この世界はまだ剣で戦争しているのだろうか。それとも、魔物とかの強い敵がいるのだろうか。
大きな杖を持ち、黒いドレスのような着物をまとった女性が歩いて行った。ボクが知っている創作世界の魔女のようだ。頭が大きく、ずんぐりとした体形の男性は、人間ではないのかも……。そうやって気を紛らわせようとしたのだが、痛みはどんどん強くなり、気が遠くなってきた。
「君、捨てられちゃったのかな」
目の前に少女の顔があった。作り物のように美しく整った顔立ちだが、耳がとがっている。帽子をかぶり、左手には杖を持っていた。だけど、着ている服の色はさっきの女性と違って若々しい感じだ。帽子もそれほど大きくない。ボクの世界の学生の制服のようだ。
「君、けが……してるのね」
「ンニャ……」
なぜこの世界の言葉がわかるのかわからないが、声を上げようとしても言葉にはならなかった。人間の言葉をしゃべるのはこの世界でも猫の声帯には無理なようだ。
「治癒魔法は得意じゃないけど……そんなこと言ってる場合じゃないか」
そう言って少女はボクの体に右手をかざした。
「ヒール!」
少女がそう言うと、手のひらから出た光がボクの体を包み込んだ。痛みが和らいだ。
「はあ……私じゃやっぱりダメか」
ため息をついた少女は、ボクをじっと見ている。
「動物専門の治癒師さんに見てもらうしかないよね」
少女はそう言って、ボクを抱き抱えた。
「ちょっと揺れるかもだけど我慢してね」
そう言って少女は小走りに駆け出した。柔かい胸がボクの体に当たり、彼女が一歩を踏み出すたびにクッションのようにふわふわと当たってくる。猫とはいえ意識は15歳の中学生男子のボクにとっては恥ずかしいことこの上ないが、動けないのだからどうすることもできず、体を委ねるしかない。
うれしくないかと言えばうれしくなくもないが、今はそれどころではなく体が痛い。