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第32話『委員長の新しい趣味』

 誰にでも親切な、クラスの中で頼られる中心的な、とある1人の男子に興味を抱いている少女。

 そんな彼女は、最近の学校生活が楽しみに毎朝毎晩ニヤケている。

 日々の生活で擦れ違いがある姉に、楽しかったことや驚いたことを逐一報告するほどに。


 今日も、彼女の話題の中心にいる隣の席に腰を下ろす少年へ、つい最近できたばかりの新しい趣味の話題を振る。


「ねえねえ黒織こくしきくん。私、たまたま見つけた生配信っていうのを観て、ずっと忘れられないの」

「なるほど?」

「何がなんだかわからないんだけど、いろいろと凄くて」

「ちょいと抽象的すぎない?」

「あ、ごめんね。えっと、ダンジョン? ていう場所で、向かってくる敵をバッタバッタ倒しちゃうの」

「それは凄いね」

「でしょでしょ」


 黒織こくしき秋兎あきとは、他人の話題、ましてや現代的な趣味についてどう反応したらいいかわからず、とりあえず相槌を打ち続ける。


「その人たち、他の配信はしてなくて待ち遠しくしているんだけど――じゃなくて、本当に凄いの。格好も凄くて、4人組の人たちなんだけど全員が仮面を被っているの」

「ほほう?」


 何やらどこかで聞いたことのある設定に、さくらにへそと顔を向ける。


「それぞれ鮮やかな髪色をしてたりするんだけど、スパーッと敵を斬っちゃったり、ドカーンッと殴り飛ばしたり、歩いているだけで敵が倒されちゃうの」

「そ、それは凄い」

「でしょ? でもね、私が一番目を奪われたのは漆黒の短剣使いの人。何が起きたのか全くわからないんだけど、物凄い速さで移動して敵を倒しちゃったの」

(これ、間違いなく俺たちのことだよな)


 確信に変わってしまい、さてどうしたものかと考える秋兎あきと


(平穏な学園生活を送るのが目的。だとしたら、ここで素性がバレるのは避けたい。でも、俺が焦っても仕方がない。そのための変装なんだし、偽名も使っているんだから)

「それで、その配信はどんな感じに良かったの?」

「それはやっぱり、あの漆黒の人かな。武器で戦うっていったら、長い剣とかでって印象があったんだけど短剣もかっこいいって思ったよ」

「ほうほう」

「配信自体は短かったけど、あの人にすっごい憧れちゃったの。かっこいいな~って。ずっと頭の中から離れないの」

「凄い気に入ったんだね」


 ずっと笑顔で目をキラキラと輝かせる桜へ、秋兎は対応を決めあぐねる。


華音かのんさんとの関係性的に、打ち明けたとしてもこれからの学園生活に支障はでないはず……はず。だとしたら、周りに他の生徒が居ない状況で早めに伝えてしまった方がいいだろう。だが、だが……この、『その漆黒の人が超大好きです』と言わんばかりのテンションを見ると恥ずかしすぎるだろ、どっちも)


 挙句の果てには鼻をピクピクと動かしながら興奮し始めている始末。

 もしもそれが秋兎本人でした、打ち明けるにはいろんな意味で勇気が必要だ。


(まだまだ日が浅いんだし、であれば傷も浅く済むはず。ならこの後すぐ――としたいけど、ここは学園だ。2人だけになる機会を作るのは容易ではないし、身バレしたら少なくとも1人は俺に対しての態度が変わってしまう。それって、本当に俺が望んだ平穏な学園生活なのか……?)


 教師陣は、この際除外して。

 秋兎が望む学園生活に、存在を知られて態度を変えられる生徒が1人でも居るというのは、もうそれだけで破綻していることになる。


 であれば、秋兎が取る選択肢は2つほど。


 なんらかの手段を用いて桜の記憶を操作か削除、もしくは、このまま何一つバレることなく生活を送って平穏な学園生活を謳歌すること。


(危害を加えないとはいえ、知人の家族に手を出したくはないし強行手段に出たら恩を仇で返すかたちになってしまう)


 ならば。


(ダンジョンを制覇し、魔王を攻略し、神々の試練を乗り越えた俺が隠し事一つしながら学園生活を送ることができないなんてあるか? いいや、ない)


 秋兎は決意改め、姿勢を崩す。


(なんてない、相手の趣味話に付き合うだけのこと。気楽にしていないとおかしいよな)

「それでねそれでね」

「うんうん、うんうん」

「あっ」

「ん?」

「そういえば、お姉ちゃんが居るんだけどね。最近、仕事が楽しそうなんだよね。チラッと話を聞いた感じ、男の子を中心とした人たちを担当することになったみたいなんだけど」

「担当?」

「あ、実はね、お姉ちゃんはオペレーターっていう仕事をしているみたいなんだけど。仕事内容はあんまり説明してくれないの」

(でしょね、守秘義務があるだろうから。でもさ、ちょっと話しちゃってるじゃん。しかも話している内容が危ないって、華音さん)

「私も、将来はお姉ちゃんと同じ仕事をしたいなって思ってるの」


 秋兎は、桜の衝撃的な発言に眉が一度だけピクッと動く。


「そうなんだ」

(……それって、将来的にバレるってこと? いや、まだわからない。担当じゃなかったら、基本的に情報は共有されないだろう……から)

「あ、いけない。黒織こくしきくん、課題は大丈夫だった?」


 お渡りに船の方向転換に一安心する秋兎であったが。


「全然大丈夫じゃありません助けてくださいよろしくお願いします」


 パッと机の中から課題を取り出し、ダっと広げ、サッと手の合わせ、スッと頭を下げる。

 無駄のない一連の動作に、桜はクスっと笑みを浮かべた。


「任されました。どれどれ――」


 桜は椅子を秋兎の方へ移動させ、体を乗り出して課題へ視線を下ろす。


「特に最後の方は全滅。お手上げすぎて逆立ちしちゃった」

「ふふっ、変なの。あちゃ~、本当に全滅だね。後数分しかないけど、できることをやろう。大丈夫、先生もわかってくれるから」

「ありがとうございます女神様委員長様桜様」

「いいからやるよー」

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