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第33話『再び学園長へお呼ばれ』

「それで、今度はどのようなご用件で?」

「急に呼び出してしまい、申し訳ない」

「あの先生は、関係者という認識で良かったですか?」

「いいや、関係はない」


 秋兎あきとはソファに座ったまま、表情を変えず平静を装ったまま学園長へ疑いの目線を送る。

 対する学園長は、秋兎あきとの思惑を知ってか知らずか表情一つ変えず微笑む。


 ――しばしの静寂が訪れた後、学園長が口を開く。


「正直、いろいろと決めあぐねていてね。相談に乗ってほしいんだ」

「たかが男子生徒にですか?」

「冗談はよしてくれ。口頭の報告だけだが、まるで空想上の物語を耳にしたんだ。普段だったらありえないと突っぱねていたところだが、目の前に居る存在は既にイレギュラーなのだから信じる以外の選択肢はないのだよ」

「であれば、俺たちに動いてほしいということですか?」

「いいや、それは君のポリシーに反するだろう? 昼間、いや、学園に居るときのキミに頼ることはしない。というより、理想が崩れたらこちらが終わるだけだからね」

「訂正してください。俺、だけではないと」

「ああ、すまない。そうだね、君たち全員に、だ」


 確認が取れ、秋兎は背もたれに体重を預ける。


「そのために彼ら・・が存在し、動く。だが、残念なことに少しばかり遠出してもらうこととなった」

「別の拠点を発見した、ということですか」

「ああそうだ。いやぁー、困るよね本当に。モンスターをどうやって地上へ連れ出しているのかわからないし、操るための機械も無限に湧き出てきているんじゃないかって思うほどだ」

「要するに、敵組織のバックには大企業か別の国が関与している、と」

「回りくどい言い方をしてすまないね」

「当然、緊急事態でない限りは動きません」

「ああ、わかっているさ」


 学園長は固く目を閉じ、寄せた眉間を指で強く押す。


「しかし、だ。もしもの場合を仮定して、答えを聞かせてほしい」

「はい、なんでしょう」

「敵組織がこの学園を襲撃した場合、君はどういった判断を下すのかを」

「難しい状況ではありますが、許可をいただけるのであれば結界を張って情報を遮断して対処します」

「嘘みたいな話だけど、それができるというのだね」

「抜かりなく」


 深々とため息を零しながら、学園長も椅子の背もたれに体重を乗せて背中を丸める。


「しかしなぜ、この学園が標的にされる仮定が必要なのですか?」

「特に機密情報があるというわけではない。単に、多額の身代金を要求するにはうってつけの場所だからさ」

「生徒の中に、重役のご子息やご令嬢が居る、と」

「まさにその通り。大量のモンスターを操っていたら、学園を取り囲むこともできれば、逆に包囲されても突破できるだろう。極めて厄介な相手なのだよ。ちなみに、君が普段から話をしているさくら乙音おとねという女子生徒もまた、例外なく標的となることを憶えておいてくれ」

さくらさんが?」

「ああ。個人情報ではあるが、彼女たちの両親はこの組織のトップ組だからね。別部署ではあるが、我々――ではなく、俺が知っている情報は全部把握しているはずだ」

「俺、挨拶に来いとか言われますかね」

「どうだかな」


 学園長は立ち上がり、振り返ってガラス窓から空の景色を眺める。


「時間を取らせてしまってすまないね。せっかくのお昼休みなのに」

「いいえ、大丈夫です。案外、先生に呼ばれたから、という口実は便利なのかもしれないですね」

「ならよかった。では最後に、最悪の想定を打ち合わせておきたい」


 学園長は真剣な表情で振り返り、秋兎へ目線を向ける。

 その様子に気付いた秋兎も、姿勢を正して目線を合わせた。


「最悪の状況。それは動かせる人員が減っている今、同時に攻撃されること。例えば、学園とダンジョンの2カ所で」

「学園の襲撃は住居も近いので対処は可能だとして。ダンジョンの方は、探索者が対応すればいいのでは?」

「それはそうではあるが、もしも経験者たちが下層へ潜っている最中、ましてや上層部で問題が起きた場合。素人では対応できない大量のモンスターが襲撃してきたらお手上げ状態になってしまう」

「たしかに」

「その後は一気に地上へモンスターが溢れ返り、蓋となる探索者が居なくなればダンジョンから操られていないモンスターも出てくる可能性だってある」

「なるほど、こちらの世界ではダンジョンの情報は少ないわけですか。であれば、最悪をお教えいたします。その状況となったダンジョンは、全階層のモンスターが地上を目指して進行を開始。それは階層ボスも含まれ、地上から人類が滅亡するまでモンスターの出現は止まらず、進行も止まらなくなります」


 単に想像するだけでも地獄絵図な状況に、学園長は開いた口が塞がらず、背後のガラス壁へ体を押し付ける。

 追い打ちをかけるように秋兎あきとは立ち上がり、体の向きを学園長の方向へ。


「対処法はあります。各階層ボスを全て倒す、というものですが」

「そ、それはつまり、ダンジョン最深部のボスモンスターも、ということかい」

「はい、そうです」

「で、でも――もしものときは、君が討伐できるのであろう?」

「どう、ですかね。今の俺は、あのときの俺ではないですから。やってみないことにはわかりません」

「笑えない冗談はよしてくれ」


 冷や汗をかきながら乾いた笑みを浮かべることしかできない学園長に、秋兎は冷徹にも淡々と現実を伝える。


「残念ながら、本当です。ですが、わかりました。多方面の襲撃があったとしても、なんとかしてみせます」

「そ、それはありがとう。助かるよ」

「誰であろうと、俺とみんなの平穏な学園生活を脅かすのなら容赦はしませんので」

「ああそうだな。我々としても、未来ある学生の平和を脅かす存在は決して許さない。ぜひ、協力しよう」

「こちらこそ、よろしくお願いします。明るい未来のためにも」

「話は以上だ。戻ってくれて構わないよ」

「それでは失礼します」


 秋兎は一礼し、部屋を後にした。


 学園長は最後に笑みを作ってはいたが、秋兎が退出後、ハンカチを取り出して顔全体や首の汗を拭き始める。


「サラッととんでもないことを言ってくれる。もしもさっきの話が冗談じゃないなら、想定していた最悪なんて序の口じゃないか。身代金とか言っていられる場合じゃなくなるぞ」


 冷たい嫌な汗は背中を伝い、体の内から冷えているのを感じ取る。


「我々も、まだまだ精進せねばならないということだな」

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