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第34話『廊下で独り、想うこと』

 秋兎あきとは教室へ向かう廊下で、窓ガラスから射し込む光に振り返り、足を止めて外の景色を眺めながら独り想う。


(いろいろあったけど、俺は本当にこっちの世界へ還ってきたんだよな)


 つい数日前まで異世界で生活をし、困難や試練を何度も乗り越えて死闘を繰り返していた日々が既に遠くの記憶のように感じている。


 沢山の出会いを経て、様々な経験をしてきた。


(別の世界でも同じ空の下って感じだけど)


 いつも自分を見守ってくれているかのような空に安堵し、再び長い廊下を歩き出す。


(こっちの世界に還って来て、そこまでの変化は感じなかった。しかし、違和感はずっとある)


 自分が生活していたときはまるで違う環境に混乱しなかったわけではなく、どちらかと言えば同行者たちに心配させまいとそう振舞っていた。

 既視感もあり、あちらの世界とほぼ同じダンジョンが出現しているわけだし、全く操作したことのないテクノロージーにも触れている。

 ついていくのがやっとな勉学もそうであるが、世界を救った英雄とはいえ1人の人間。

 どうしたって苦手なものはあるし、年相応な悩みだって抱く。


 こう独りになって考えることはいろいろある。

 合意の上とはいえ、全ての勝手が違うこちらの世界へ連れてきた全員のこと、学生としての本分をやり続けること、特殊部隊としての活動のこと。

 様々なことは例外なく変化していくもので、すずに答えを出せるものではない。

 忙しく過ぎていて時間の中で、秋兎あきとは目線を自分の元へ向ける。


(みんなの前に立つ身として、いろいろなことを考える必要がある。でも、ずっと頭の片隅には追いやっていても消えないものはある)


 異世界へ転移させられたその日から、ずっと今の今まで。

 いや、今この世界へ帰還したからこそ大きくなっているもの。


(――元気にしているだろうか)


 秋兎が想いを馳せるのは、同じ血が通っている家族。


(ホームシックになっているわけじゃないけど、安否は気になる。だって、こんな世界になっているし、俺が知っている世界であって、そうじゃない可能性だってあるんだから)


 自身の能力と仲間の協力があれば、探し当てることはそう難しくはない。

 しかし、そのように強引な手段を用いて物事を進めてしまえば、平穏な生活を送ることができなくなってしまう。

 間違いなく全員、秋兎がそうしたいと言えば従い、望みを叶えるため尽力し必ず達成させる。

 その結果、平穏な日常がなくなってしまったとしても。


「はぁ……」


 秋兎は深いため息を零し、首の後ろへ手を回す。


(何かを成してからじゃないと、あちら側も協力してくれないだろうな)


 何事にも、等価交換は鉄則である。

 それは異世界でもこちらの世界でも同じこと。

 物乞いではなく、交渉している相手なのだから物事には全て筋を通す必要がある。


 しかし秋兎は別の件でも懸念を拭えないでいた。


(この世界が、俺が住んでいた時間軸とは違う――パラレルワールド的な世界だった場合、家族だと思っている人はそうじゃないかもしれない。もしもそうだった場合、俺はその苦しみに耐えられるのだろうか……)


 亡き者として扱われている、もしくは時の経過によって成長した自分を認識できない――ということであれば、まだ耐えられるし時間によって解決できる。


 でもそうではなかった場合、秋兎は本当の家族と二度と会うことはできない。


(……正直、泣き崩れて全部放り投げてしまうかもしれない。だって、目的や目標はいろいろ変わっても、根幹にあったのが『家族との再会するために生き残ること』だったんだから)


 生還するために押し殺してきた感情が、平和な空間に充てられて溢れそうになってしまう。


(いや、今はまだそう決まったわけじゃない。希望は捨てるな。いつだってそうしてきただろ)


 秋兎は、鼻で大きく深呼吸をして閉じ込める。


(俺がこんな調子じゃ、今も慣れない世界で頑張ってくれているみんなに示しがつかない)


 視線を真っ直ぐ向け、胸を張る。


(学園長が言ってたことは、予想の立てておこう。学園が襲われ、別の場所も襲撃され、その標的はダンジョンも含まれる、か。初見であれば、『まさかそんな』と思っていたことだろう。だが、その困難は既に乗り越えた)


 異世界であった大事件を思い出しながら、秋兎は自信を湧き上がらせる。


(あのときは大分苦戦したが、今回は仲間が揃いに揃っている。そして、あのときより全員が強くなっているし、力を発揮できる状況にもある。むしろ、今の俺たちはこの世界でどれだけ奮うことができるのか試したいところだ)


 できるものならやってみろ、むしろやってくれた方がありがたい――と、自ら課した制限を忘れて口角を上げる。

 忠告を受け、対処をどうするか相談されている人間とは思えない、思考と表情をする秋兎。


(じゃあ、どこかで学園からダンジョンまでの距離を地図を確認しておこう)


 気分が高揚し始めた秋兎は歩く速度を上げ、ありとあらゆる想定を繰り返しながら教室へと足を進めた。

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