学園長が全体の状況把握をして頭を抱えていた、ほぼ同時刻。
「なあコスミック、こんな感じでいいと思うか?」
「ん――いいんじゃない? この際、多少文面がおかしくても意味が伝わればいいのよ。緊急事態なんだし」
「まあそれもそうか」
「たぶん今頃、凄く頭を抱えていそうだし少しでも安心させてあげなくちゃ」
クリムゾンは「それもそうだな」と納得し、送信。
短い時間ではあったものの堅苦しい文章を考えていたことからの解放により、大きな深呼吸を一度だけする。
大袈裟なリラックスは、運転中の
「申し訳ございません。本来なら、私が移動開始前に済ませておくことでした」
と、反省の色が表情を見なくてもわかってしまった助手席に座るクリムゾンと、バックミラー越しに後部座席から覗けるエメラルドとコスミック。
「気にしないで桜さん。こんな緊急事態なんだから、判断は最適だと思うよ。それに、普段から打ちなれていないリーダーが悪いんだから」
「そうですね。僕も迅速かつ最適な判断だと思っています。一刻も争う事態だというのに、立ち止まって待機しているなんて歯痒いですし」
「言い訳のしようもない言われようだが、まあそういうことで」
「皆さん、ありがとうございます」
そんな中、最後部座席に居るクロッカスだけは会話に参加せず別のことを考えていた。
(桜さんの推測が正しければ、学園とダンジョンにもあのモンスターが襲撃してくる。だったら、観測できた1ヵ所に全員で向かうより別れて行動した方がいい)
クロッカスは桜の指示に対して疑問や不安を抱いているわけではなく、ここにいない人間への絶対的な信頼の是非についてだった。
(たしかに、
思考を巡らせれば巡らせるほど不満は溜まっていき、クロッカスの眉間にしわが寄る。
(敵に回したら厄介という意見に反対はないけど、だからといって得体のしれない力を使い、しかも異世界の住人だった仲間を引き連れている人たちを信頼していい道理はない。それに……)
キッカケがあれば、いつでも爆発してしまいそうな不満を抱えながら運転席の桜へ視線を送る。
(『私たちが工場跡地を制圧すれば、残りはあちらが全て片付けてくれます』と、桜さんは言った。ただのオペレーターならまだしも、国家が関与している特殊部隊のオペレーター、が。なんの疑いのない自信に満ちた眼差しで)
何もクロッカスだけが疑問を抱いているわけではない。
しかし、絶対的な信頼を置いてはいなく同類な疑問でもあっても経度は全く違う。
もちろん警戒心が薄いというわけではなく、好意を抱いているから、という単純な理由でもない。
チームリーダーであるクリムゾンが疑いなく賛同していたからだ。
険悪な雰囲気があるわけでもない仲間なのだから、2人に倣って信用すればいいとはわかっていながらも、どうしてもチーム歴が浅いクロッカスには理解し難いものがある。
「――それでは皆さん、よろしくお願いします」
1名が煮え切らない気持ちを抱いたままではあるが、現場に到着。
桜を車内に残し、4人は車から降りる。
「報告は受けていたものの、こうして目の当たりするとゾッとするな」
「リーダーがそんなんでどうするのよ」
「さすがに、地上……じゃなくて慣れ親しんだ風景の場所にモンスターが居たら違和感はあるだろ」
「まあね」
まだ動き出さず待機しているだけだが、施設内で見た数よりも多いモンスターが並んでいる。
「
「俺らが到着する前に敵が指示を出していたと考えると血の気が引くってもんだ」
「まとまって移動すれば対処方はありますが、散り散りに行動する支持が出ていたら被害規模は計り知れません」
クリムゾンは専用武器である深紅の大剣を抜刀し、エメラルドは
コスミックは藍色の分解可能な両刃槍を構え、クロッカスは紫色の双短剣を抜刀。
「クロッカスが考えていることはある程度予想がつく。あの少年のことだろ?」
「……」
「沈黙は答えってね」
「歩いてるわよー」
大剣を担ぐクリムゾンと眉間にしわを寄せたままのクロッカスを残し、コスミックとエメラルドは前進。
「得体の知れない人間に、自分たちより責任重大な対応を任せる。俺だって指示には従えど懸念材料として頭の片隅にずっと残ってるさ」
「であれば、国民の命を優先に考えるなら――」
「だが冷静に考えるんだ。ダンジョンに関しては他の探索者が対応してくれるかもしれない。なら、学園も同じで彼らがいる。役割分担ってやつだ」
「ですが本当に対応可能なのでしょうか。もしも間違えば犠牲になってしまう人も出てきてしまいます」
「それも同じだ。ここで俺たちが、あそこに居るモンスター1体でも取り逃した場合――そう、孤立している場所で生活している人たちが標的となれば通報すらされず被害は拡大していく」
「それはそうですが……」
煮え切らない気持ちのまま説得されていくもどかしさを抱き、クロッカスは目線を下げる。
「あの数を2人で対応することは可能だろうが、確実にやらなくちゃならないんだ。絶対に失敗できない。だから人数を割かない」
「……はい」
(リーダーが言っていることは正しい。そして、完璧に対処しないといけないのも本当にその通り)
「だから、俺たちは俺たちにできることをするしかない。それともあれか? 同じ速度自慢と短剣使いだからライバル心を燃やしているとかか? だったらすまん」
「い、いえ別に。そんなことはありません。ただ」
「ただ?」
勢いに任せず言葉を選ぼうとも考えたが、説得への小さな抵抗と指摘されたことが半ば図星だったことへの反抗の意味で、クロッカスは包み隠さず伝えることを決める。
「あのとき戦闘は余すことなく観ていました。ですので『能力がない』と言うつもりはありません。ですが、あの程度であれば私にもできます。だからこそ、その実力で危機的状況を脱し重要な場面を切り抜けることができる、と言う確証は得られません」
自分の実力不足を噛み締めながら、だからこそそれだけでは足りない、と。
短剣を握る両手に、つい力を込めてしまう。
「まあ落ち着け。俺だって楽観視しているわけじゃない。本当はどうか知らないが、あの少年は『可能性』とか未知数なものではなく、別の何か――芯の強さを感じた」
「ど、どういうことですか」
「心の強さって言うんだろうか。俺はあの戦闘で思ったんだ。『あれほどの数を前に、一瞬たりとも迷わないなんてどれだけの経験を積んでいるんだ』ってね」
「……」
「それもただの戦闘経験じゃない。何度も死闘を繰り返し、文字通り何度も死線を超え続けた風格に見えた。まあ、そんな人間は滅多に居ないんだがな」
「でも探索者の人たちだって同じじゃないですか」
「ああそうだな。探索……いや、冒険や挑戦をし続ける人間は全員がそうだ」
「だったら――」
「――これ以上話し続けたら、それこそ取り返しがつかなくなるから行こう。まあ、信じてみようじゃないか。別の世界を救った英雄様の実力を」
返答を待たず歩き出すクリムゾン、それを見て足並みを揃えるクロッカス。
「私はとりあえずリーダーを信じます」
「それはそれで良し」
「任務を完遂して他現場に急行しましょう」
「ああ、そうだな」