「エグザよ、朗報じゃぞ」
「ん? それ、本当にモンスターを目の前に始める話で合ってるか?」
「勇者は、既に片付けが済んだようじゃ」
「……はぁ。我もそれぐらい強いはずなんだがな」
エグザは、消えることのない体の違和感を噛み締めるように手を握っては開く。
「だが、今は2人でなんだろう? だったら、こっちも負けてられない」
「そうじゃな」
「久しぶりだからできるかわからないが、やってみるか?」
既に敷地内へ侵入してきている、統一感のないモンスター群。
多勢に無勢の状況に臆することのない2人であったが、モンスター越しに状況を把握している組織の人間たちは口角を上げる。
そよ風に草木が揺れ、校舎から微かに漏れ出る授業風景、小鳥たちのさえずりが響く。
平和そのものの中に下衆な目論見を企て、ただ利用させるモンスターたちはまさに歪な存在。
しかし、2人の少女は敵組織の企てを潰すべく――という、力を行使していい口実を手に入れ心躍らせていた。
「上手く魔力を操作しないと、1撃で倒れるから注意するのじゃぞ」
「思っている以上に大変そうだが、それはやってみてから考える」
「らしい発言じゃの」
「それに、今は1人じゃない。そうだろ?」
「ふんっ。調子のいいことを言う」
高揚感に笑みを浮かべ、フォルが左手を、エグザが右手を上げ肩を並べる。
「
「魔を行使する魔王が統べりし――」
「「正常なる世界を求め」」
「――軌道を修正する」
「――魔道を追求する」
「「【|聖魔の炎《》】」」
モンスター群を取り囲むように赤と黒の炎が燃え滾り、しかし熱を感じることもなく標的は瞬く間に塵と化した。
「上手くいった――」
エグザはスッと力が抜けていく感覚に襲われ、両膝を地面へ着くも――倒れそうになるギリギリでフォルが体を抱きしめる。
「言ったじゃろ、制限しないければ倒れると」
「これでいいんだ。上限がわかれば後は調整するだけだから――」
「マリー、わたくしたちはいつも通りにやるわよ」
「迅速かつ豪快に」
「アキト様へ忠義を捧げるため、命令の完遂を」
セシルは黄金の剣を抜刀し、マリーは紅の剣を抜刀し左に紅の盾を構える。
標的は複数。
接近戦を主にする2人は、広域攻撃魔法は使用できず結界を展開することもできない。
そして、契約の恩恵として授かっていた
しかし。
「元王国騎士団団長、現アキト様の右腕【剣聖セシル】」
「元帝国特務隊所属、現アキト様の左腕【盾聖マリー】」
「「アキト様へ勝利を」」
マリーが先行し、盾を前へ構え。
「【獅子の劫火】」
スキル名を唱え、盾と剣が紅の炎を纏う。
「半分、やっちゃうよ!」
盾で空を薙ぎ、炎がモンスターたちを焼き。
「よっーっと」
次で剣を振り下ろすと炎が放たれ、宣言通りに半分のモンスターが瞬く間に塵と化した。
「戻りなさいマリー、わたくしも準備が整ったわ」
「逃げろっ」
マリーは剣と盾を消し、全速力でセシルの後方まで駆ける。
対するセシルは瞳をゆっくりと持ち上げ、上段に構えていた――黄金の光をチャージした剣を振り下ろす。
「はぁっ!」
振り下ろされた剣から放たれた光は、地面や校門などに危害を加えることなくモンスターだけを消滅させた。
(通りすがりに例のモンスターを討伐したが、あまりにも手応えがなさすた)
誇張ではなく、本当に通りすがりに数十体のモンスターを討伐し、現在は市民に迷惑を掛けないよう高所を足場に跳躍を繰り返している。
(土地勘があるわけではないが、現代の地球を軽く理解している俺でよかった。みんな、ビルとか建造物や諸々の勝手がわからないだろうし)
もしもマリーが勢い任せに地上を高速移動していたら、と考えると、つい唾を飲んでしまう。
(久しぶりに自分の力を使えるようになったのはいいが、体の感覚がいまいちだ。まだ速度を上げられるはず)
一旦ビルの上で足を止め、辺りを見渡す。
「車の中からしか景色を観ていなかったから、ある程度の方角しかわからないな……あれか……?」
目を細め、なんとか微かに見えるダンジョンのを管理している建物を発見。
高層ビルと大差なくても、特徴的な、巨大な電波塔のおかげで目標を見失うことがない。
「距離感わからないが、急ごう」
障害物がなく、目標を見失うことがなかったおかげで数分の後に到着を果たす。
ならばこのまま、人々の合間を縫ってダンジョンへ向かおうと思っていたが既に騒ぎが起きてしまっていた。
武器を構え動けなくなってしまっている探索者、状況を理解できずただひたすらに逃げ惑う新米探索者。
施設内でいつも通りに飲食店などの従業員は悲鳴を上げながら駆け、それら市民をなんとか誘導しようと試みる受付嬢や関係者。
ただ、救いなのは視界に入るだけでも死人や負傷者が居ないこと。
「――状況を教えていただけますか」
「え、え? そんなことより、ここから早く逃げてください!」
「――わかりました。でも、状況が理解できないと逃げる方向を間違ってしまうかもしれません」
「わ、わかりました。現在ダンジョン内しかも最序層に様々なモンスターが出現しております」
「でも、ここまでの状況になるほどですか? 対処可能な探索者は?」
「残念ながら、対応できる探索者はさらに下層へ降りてしまっておりますし、応援要請をしてはいますが間に合いません」
「ありがとうございます。正確な数は把握されていますか?」
「い、いえ。他探索者の証言によると、『10体や20体よりも多い』とのことです。そんなとこより、もうお逃げください! モンスター群はもうすぐここまで押し寄せてきます」
「そうですね。このまま皆さんへ指示出しをお願いします」
秋兎が逃げ惑う人々へ目線を向け、受付嬢もそちらへ目線を誘導される。
「早くあなたも――って、あれ?」
視線を戻した受付嬢の前に、既に秋兎はなかった。
(この混乱している状況は芳しくないが、まだ地上の施設内へ侵入していないのは不幸中の幸いだ)
秋兎は、こちらの世界で初めてダンジョンに入った時のことを思い出す。
施設内は蟻の巣みたいに複雑で、様々な店が並んでいる。
しかし、ダンジョンに入る通路はほぼ一直線で、地上を目指すのであれば通路は1本しかない。
それはダンジョンと施設の間に設けられているゲートから先も同じで、この施設からは1つしか入り口がない。
であれば。
「あそこだ」
誰もいないゲートからダンジョン内へ目線を向けると、ちょうど先頭のモンスターとの距離が数メートルほどだった。
「こ、ここは僕たちで食い止めるんだ!」
「私たちが最後の砦になるのよ!」
しかし、そこには2名の探索者が体のあちらこちらから出血するほどの負傷しながらも、武器を杖にしてでもモンスターの前に立っていた。
「んぐっ」
「か、体が……」
気力だけではどうにもならず、体力の限界を迎えた2人は地面に膝を突いてしまう。
「……私たちが倒れたら地上に居る人たちが危険に晒されちゃう」
「お前だけでも逃げろ。ここで2人とも死ぬより、応援よ呼んできてくれ」
「そんなことできるわけないじゃない!」
秋兎は歩き出す。
「くっ! でもこのままじゃ――」
「2人とも、立ち上がって逃げられますか」
「え、え……?」
「な、なんだあんたは! あんまり見ない顔だけど……」
「もしかして新米探索者なんじゃないの? 逃げて! あそこに居るのは数が居るだけじゃないの! もっと下層に居るモンスターも交じってるの!」
「わかりました、情報提供ありがとうございます」
返答はなくとも、様態を確認し終えた秋兎は迫りくるモンスター群へ足を進める。
「お、おい! 待て! 逃げるんだって!」
「ねえ止まって!」
「絶対に敵わないって!」
狼、猿、ゴリラ、蝙蝠、蜥蜴、蛇……強弱、見上げる大きさや目線を下げるなど背丈もバラバラな統一感のないモンスター群は、ただひたすらにかけ続ける。
秋兎に対して怖気づくことはなく、後方に負傷している2人を目指すわけでもなく、ただひたすら地上進出という命令を遂行しようと。
『グワアアアアアアアアアッ!』
『ガアアアアアアアアアア!』
『キュウーーーーーーッ!』
『シャアアアアアアア!』
『キィイイイイイイ!』
秋兎は腰から漆黒の短剣と黄金の短剣を抜刀する。
「絶対に勝てない、か。でも俺は、そんな戦いを何度も乗り越えてきた」
駆け出し――跳び――いいや、そんな言葉も動作じゃ足りない。
瞬時に移動し、後方に待機している中級探索者はおろか、突き進むモンスターすら秋兎を認識できないうちに次々に消滅していく。
たったの数秒で20体ほどが消え、5秒を迎えるころには50体のモンスターが姿を消した。
「まだ居るのか」
討伐しつつ前進していた先に、まだまだモンスター群が待機している。
「本当に、間に合ってよかった」
この場に居る誰にも、移動している秋兎を視界に収めることはできず、ただ漆黒と暁の軌跡だけが残る。
であれば移動した先の予測ぐらいなら、と考えることもできるが、そう考えているうちに全てが終わってしまう。
そう、秋兎は現場に辿り着き戦闘開始してからたったの10秒で100体のモンスター全てを討伐してしまったのだ。
「い、いったい何が……」
「どういうことなの」
「俺たちは夢を観てたのか?」
「残念ながら、夢ではないようね。イタタ」
夢見心地な2人は、顔をしかめ続けるほどの激痛に現実へ強制的に戻される。
そして、文字通り瞬く間にご自慢のモンスター群が討伐された敵組織もまた、同様に現実を理解できておらず。
最後に映った、モンスターが次々に消滅していく映像に口をポッかりと開けっぱなしになる他ない。
状況を理解できないだけではなく、全ての駒を失ったにもかかわらず、未だに装置やカメラの不具合なのではないかと模索を始める始末。
敵組織は慌てふためき、仕掛けた側にもかかわらず阿鼻叫喚の光景が広がる。
しかし悲しきかな、秋兎はモンスターに装置が仕掛けられているのを把握しているため、モンスターの討伐に加えて装置の破壊も行っていた。
「――立てそうですか?」
「……あ、ああ」
「キミ、いったいなんなの……?」
「気にしないでください。俺は、お2人が想像していた通りの新米探索者ですから」
そんなことを言われて納得できるはずもなく。
「ごめんなさい。回復できるような物を持ち合わせていないので、このまま施設内まで頑張ってください」
「うぐっ」
目視でも出血が確認でき、2人は歯を食いしばりながら唸る。
「あ、ありがとう」
現状では何もできない歯痒さを感じる秋兎は、せめてもの手助けとして立ち上がる補助をしたり肩を貸す。
「見たところ、年齢も若そうだけど。本当に何者なのキミ」
「助けてもらったのはありがたいが、正直ひやひやしたぞ」
「私も気が気じゃなかったわよ。あなたのような人たちを逃がすために戦ってたんだから。でも、あなたみたいな人が沢山いたら私たちは戦わなくて済んだんだけど」
「とんでもねえ皮肉な話だ。あはっは――イデデデ」
「怪我をされているのですから、無理をなさらずに。安全な場所に到着したら、たぶん、できたら、説明をしますから」
「おいそれ絶対に話さないやつだろぉ」
「助けてもらった身からして文句は言えないけど、教えてもらえないのもそれはそれで辛いわよ」
秋兎ははぐらかすように苦笑いを続けた。