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第40話『望んで臨んだものの先に』

 担架で運ばれていく2人を見送った後、僕たちは控室にてベンチに腰を下ろしている。


「あの人たち、私たち以外の他の人にも酷いことをしていたんだよね……」

「そうみたいだね」


 莉奈りなはたぶん、初めて誰かに力を振りかざしたんだと思う。

 もう全てが終わったのに手が震えている、それが証拠だ。


 僕も最初は同じであり、そして、痛いのは拳とかよりも――心の方だ。


「回復薬で痛みはないけど、ずっと痛みを忘れられない」

「今回の件、やらない方がよかったと思う?」

「どう……なんだろうね。あのときは決断したけど、終わってみてまた悩んでる」


 後悔はしていないようだけど、やはり莉奈は優しい。

 今回の1件でこちらに非は何1つないし、悔やむ必要は微塵もなく、もはや正当な権利を持って決闘に挑んだ。

 人を殴り飛ばして誇れるかはさておき、それでも間違った選択はしていない。


「無理に割り切ろうとしなくてもいい――と、僕は思う」

「私は、何にしてもまだまだ経験不足。きっと太陽たいようは、異世界でいろんな経験をしてきたんだよね」

「まあね、いろいろあったよ。今回みたいなことが、僕じゃない誰かに起きて悲しい結果になってしまった。そして、あっちの世界にも人を裁く方はあったけど、こっちの世界みたいな文明じゃないから証拠なんてまず出てこない」

「どうしてこんなことが……」

「それに……誇れることじゃないけど、人と人が殺し合わなくちゃいけなくなったりもした」

「……」


 暗い現実の話。

 こっちの世界ではどうかはわからないけど、今回の事件を迅速に発見し対応できていなかったことを踏まえると、こっちの世界でもそんな暗い現実が起きていたのは事実。

 そして今回の1件は氷山の一角で、まだまだ別の事件や起きている可能性だってある。

 探索者歴が長い人間が、新人を狙った卑劣な事件が。


「割り切る必要はないけど、どうか自分を責めず答えを探し続けてほしい」

「でもそれじゃ……今回は大丈夫だったけど、いつか迷いが足を引っ張るんじゃ……?」

「もしかしたらそうかもしれない。そして間違ってしまうかもしれない。でも、何も疑わず迷わず、自分が思うことが全て正しいと主張するようになってしまえば、考えていないことと何も変わらない」


 莉奈が言っているように、迷い、答えを探し続けるがあまり間違ってしまうかもしれない。

 自分だけではなく、守りたい大切な人を傷つけてしまうかもしれない。


「でも、正義を振りかざすだけの人になってほしくないんだ」

「私――迷いながらでも大切な人を泣かせることがなくなるほど強くなりたい」

「うん。焦らず、1歩ずつ確実に進んでいこう」


 莉奈の顔が晴れ、声色も明るくなり目に気力が戻ったように感じる。

 そう、それでいいんだ。

 すぐに答えを出す必要なんかない。


「なんか、パーティメンバーというより師匠と弟子みたいな関係になっちゃったね。いやでも、最初から太陽は強かったから関係性は変わってないのかな?」

「僕は最初から本当のことを言っていたけどね?」

「その件についてはごめんね。でもさ、急に知り合った人がレベル低いのに物知りだったら、下調べがしっかりしている人かゲーマーかなって思うよ~」

「まあね。僕が逆の立場だったら、同じ反応をしていたかも」

「だよねだよね」


 僕が帰還したときの報道を観ていないのだから、莉奈を責められるものではない。


「そして、いろいろと辻褄が合ったよ。太陽、探索者協会の人と協力関係なんだね」

「隠していたつもりはなかったんだけど、混乱を避けるために伝えてなかった。言うのが遅くなっちゃってごめん」


 悪い意味は一切ないけど、結果的に隠し事をし続けてしまったのは事実。

 ここはしっかりと、頭を下げなくちゃいけない。


「いいのいいの。頭を上げて。逆に、私に自由な時間をくれただけじゃなく、いろいろと動いてくれて本当にありがとう!」


 頭を上げると、莉奈はニコッと笑っていた。

 こんな近距離で、そこまで素直に感謝を伝えられるとさすがに照れてしまう。


「あれ、ちょっと待って」

「ん?」

「落ち着いてきたからこそ思い出したんだけど」

「うん」


 言葉の通り表情がすぐいつも通りになったけど、「むむむ」と何か考えに集中しているのか少し眉間にしわが寄っている。


「どこかのタイミングで、ダンジョン中の配信を証拠として扱ったって言ってたよね」

「そうだね」

「それって……私も切り忘れていたから、太陽と2人分ってことだよね?」

「どうかしたの?」

「そして、いろんな人がそれを観たと……」


 どこか引っかかることがある、ということなんだろうか。


「つまり私が寝てたときの映像も観られたってことだよね!?!?!?」

「確実なことは言えないけど、まあ可能性としてはあるだろうね」

「あぁ! どうしよう!」


 つい先ほどまでの思い詰めていたような表情はどこにいってしまったのか。

 傍から見たら、はわわわわと赤面しながら慌てふためいている姿はかわいらしいけど。

 まるで別人になってしまったわけだけど、そこが気になっているのなら加えて教えてあげないと。


「そこが気になっているのなら、気持ちよさそうに寝ている姿もそうだけど、起きたてのよだれを垂らしながらほわほわしていたのも観られていると思うよ」

「どひぇ!?」

「別にそこまで驚かなくても大丈夫じゃない? あんな状況じゃ、疲れて眠ってしまうなんて無理もないよ」

「違う違う違う違う違うちがーう! そうじゃなーい!」

「そうなの?」

「うぎゃああああああああああ! あられもない姿だけじゃなく、恥ずかしい姿も観られちゃうなんて嫌だああああああああああ!」


 莉奈は叫びながら、頭を抱えて右往左往している。

 もはやヘッドバンキング、髪の毛がぐちゃぐちゃになろうと気にしていないぐらい振ってる。


「大丈夫だって。ちょっと恥ずかしいかもしれないけど、あっちの人たちは仕事なんだし気にしなくていいと思うよ」

「そーれーでーもー! 太陽だけならまだしも、沢山の人に観られたかもしれないって考えると――うぎゃああああああああああっ」

「まあまあ、落ち着いて」

「落ち着いていられなああああああい!」


 莉奈は立ち上がり、部屋中を走り回り始めてしまった。


 何はともあれ。

 落ち込み続けられるとどうしたものか、と考えてはいたから気分がガラッと変わったのはいいことだ。


 異世界から帰還していろいろあったけど、まだまだ数日しか経っていない。

 あっちの世界にやり残してきたことは沢山あるけど、それをいつまでも引きずっていてもダメだ。

 せっかくこっちの世界に還ってくることができたんだから、探索者協会の手伝いをしつつ、莉奈と冒険をしつつ頑張っていこう。

 そして今更、平和な生活は性に合わない。

 だから、こっちの世界でもレベル100を目指し、あっちの世界で目標だったダンジョン攻略を果たしたいな。


 まだまだやれること、やりたいこと、やってみたいことが山ほどある。


「莉奈、気分転換も兼ねてカフェに行こう。つい最近知ったんだけど、美味しいお店を見つけたんだ」

「うんうんうん! 行く!」


 莉奈は急停止して、鼻息荒く前のめりで返事をした。


「それじゃあ、行こうか」

「ごーごーごー!」

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