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第六章

第37話『優しさではなく回復薬を』

「うわぁ、こういう場所に来るのは久しぶり」


 莉奈りなは、全面が白と言うよりは灰色なタイルがびっしりと敷き詰められた部屋を見渡している。


 僕は順当に探索者になったわけではないから事情はわからないけど、たぶん適性検査的なものを受ける場所に使われていたりするんだろう。

 もしそうだったとしたら、僕も例外なく適性検査を受けたというわけになるけど。


「それで、今から訓練してくれるんだよね」

「だね」


 僕と莉奈りなは互いに1本の木剣を握る。


「訓練生のときに使っていたから馴染み深い物ではあるけど……そっちの方は?」

「ああ、これね。見ての通りポーションだよ」

「それは私にも見覚えがあるからわかるんだけど……」


 こちらの世界では初見のポーションではあるものの、効果と使用方法は同じだった。

 何も難しくない、ただ小瓶に入っている液体を飲むか、患部に垂らしたりするだけ。


 回復ポーションにはグレードがあるけど、今回用意した物は大それたものではない。


「……私でも察したよ。少しだけでも手加減してね」

「大丈夫。僕もこれと同じ方法で訓練してもらったから、辛さはわかってる――さあ、始めよう」

「お、お願いします」


 互いに木剣を構える。


「基本的に考えなければならないのが、通常のモンスターと対人戦は違う。でも、ボス戦と対人戦は似ている。来て」

「はぁあああああっ」


 直進、そして素直に上段からの振り下ろし。

 探り探りの中で、迷わず踏み込んできたのは評価できる。

 だが。


「いったーっ!」


 莉奈の剣を、力強く横から弾き飛ばす。


「拾って」

「う、うん」


 莉奈は再び構えるも、握る指が震えている。


「ち、力が入らない」

「実力差を見せびらかそうとしているわけじゃない。これが、レベル差がある相手と戦うということなんだ」

「たった1回でもこういう状況になれば、勝ち目がなくなりそうだね」

「でも、防がなくちゃいけない。行くよ」


 全力では攻撃しない。

 だが、ぬるま湯みたいな攻撃もなしだ。


「いたっ! ぐっ! いたっ!」

「相手の攻撃を見続けることは大事だ。どんな状況でさえ、最後まで目を逸らしてはいけない」

「う、うん!」


 体力面、そして精神面では元気よく返事はできている。

 でも、言い出せないだけだろうけど握る両手は、すでに痙攣けいれん状態。


 もはや石通りに剣を動かすことはできない。


「強くなるために――」


 どこからどう見ても、弱者へ力を振りかざしているようにしか見えない状況だけど、僕も覚悟を決めて、莉奈の覚悟に応えなくちゃいけない。


「ふんっ、はっ!」

「がはっ――ぐっ……」


 左腕に1撃、間髪入れずに脇腹へ1撃。

 攻撃は見えていても、反応できない莉奈は直に攻撃を受けて地面へ倒れた。


「かはっ――あっ」


 そこで使用するのがポーション。


 腰のポーチに予め入れておいた1本の栓を抜き、莉奈へかける。


「これでわかってもらえたと思うけど、これを何度も繰り返す」

「……な、なかなかハード……だね」

「憎んでもらっても構わない。でも忘れないで。これから戦う相手は、切羽詰まっていて逃げ場がない状況になる。そして、そんな輩は最後に戦う莉奈を殺しに来る勢いで攻撃してくると思う」

「……」

「僕は今、できるだけ手加減をしている。手を抜いているわけじゃなく、殺さないようにだ」


 今回のケースは、こっちの世界ではどうかわからないけど、異世界では珍しいものじゃなかった。

 ダンジョンで似たような状況を生み出していた人間も居れば、悪逆非道を繰り返していた人間もうじゃうじゃ居て。

 そんな人間たちに退路はなく“向かってくる討伐隊などを全滅させなければ自分たちが死ぬだけ”、と十分に理解しているからこそ死ぬ気で殺しにくる。

 絶望的な状況になろうと、腕を切り落とされようと、仲間が殺されようろ文字通り必死に。


「今回の戦いで僕は手を出さない。でも、莉奈が死ぬ状況を見過ごすわけでもない。だけど僕は攻撃を防ぐ補助魔法や回復魔法が使えるわけじゃないから、もしものことがありえるかもしれない」

「それを回避できるのは、自分だけってことだね」

「うん。今回の決闘は厳しくも難しいものになると思う」

「1人が攻撃で、もう1人が支援だもんね」

「それもあるけど、重要なのは相手が殺す気で来るのに対して、こっちにその気がないことだね」

「……」


 回復しきったであろう莉奈に手を伸ばし、立ち上がる手助けをする。


「ありがとう。それって本当に難しいことだね」

「そして実力差もある。だから、今回の勝利の鍵は心を折ることにある」

「じゃあ、回復役の人を先に攻撃をする方がいいよね?」

「一応、不正がないように僕が監視を続ける。そして、もしも状態異常などを使おうとしたら強引に止めさせる。そのときは不本意だけど、見せしめに腕の1本は折るよ」

「う、うわあ……でも、どうやって実力差もあって人数差もある人たちの心を折るの?」


 相手の戦法としては、基本的に攻撃と支援。

 何度も攻撃を受けようが回復され、支援力が尽きるまで前衛は攻撃を続けるだろう。

 そして、そもそも剣と盾、杖と盾という装備の時点で剣1本で戦う莉奈の攻撃が届くかは難しいところ。


 今回の決闘は、相手にも木剣や木盾を使用させるけど状況判断能力や戦い方が体に染みついているから、そこまで変わらない。

 なら、泥臭くても戦う精神と死地で経験したものを活かすだけ。


「不屈の精神と戦いの駆け引き。あとは莉奈がいろいろな攻撃を観て受けて覚えて対処する感じかな」

「どっちも大変そうだけど……でも、そうだよね。私、あんな状況で太陽たいように助けてもらいながらだったけど、何度もあんな状況で戦い続けたんだ」

「うん。莉奈は本当に頑張った。だからこそ、あの恐怖と緊張感を忘れずに活かしていこう」

「わかった!」


 本当だったら、いずれは経験するとはいえあのような体験をするにはまだ早かった。

 順調にレベルを上げ、順当に攻略し、自分の意思に従って挑むことができたはずだ。

 あんな強制的にではなく。


 そして莉奈の目に今、闘志が宿った。


「ポーションはまだまだある。やるよ」

「うんっ!」

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