朝、目が覚める。
普段は何も意識せずに訪れる瞬間なのに、今日は意識せずにはいられない。
眠気だってすぐに飛んでしまう、空腹感によって。
「……」
原因は理解している。
異世界で経験して以来、ダンジョン攻略に影響が出るし、こうして苦しくなるから控えていたんだけど……今回は仕方がなかった。
うぅ……朝食へ行きたいけど、さすがに
「――い、生き返る」
部屋に備え付けてある水道は、今の僕にとって本当にありがたい生命線だ。
1杯とはいわず、2杯目もゴクゴクと飲み干す。
まだこっちの世界に還ってきたばかりなのに、もう適応し始めているんだな。
異世界では、こうしてすぐに飲みたいからといって水がすぐそばになくて、最初の頃は本当に苦労した。
食べ物に関しては、もちろん味の違いに驚きはしたものの大差があったわけではない。
麺類はなかったけど、お米はあったし醤油みたいな調味料もあったし、海鮮系も食べることができた。
まあでも、地上ではそうだったけどダンジョンの中だと思っていた以上に入手性は悪くなかったなぁ。
最初は恐る恐るだったけど、こっちの世界で言うペットボトル水と大差がなく、とても美味しくて驚いたものだ。
「――おはよう」
ノックが3回。
「おはよう。それで、どうする?」
「ちょっと部屋に入ってもいいかな」
「うん」
莉奈を部屋に招き入れると、僕はベッドに腰を下ろす。
「莉奈も座って」
「ありがとう」
さて、莉奈はどんな答えを出したのだろうか。
「私、いろいろ考えたんだけど難しいことは、やっぱりわからない」
「大丈夫。自分なりに考えた答えを聞かせて」
「ダンジョンであんなことをされて、怖かった。右も左もわからない場所で、知り合って間もない
無理もない、それが本音だろう。
もしも僕が逆の立場だったら同じことを思うし、不安で不安で仕方がなかったはず。
今の僕にはいろいろな余裕があっても、莉奈は探索者としての経験も浅く、待っている家族も居た。
そして、会いたかった気持ちも会えなくなってしまう恐怖も抱きつつも、きっと莉奈は悲しんでいる家族の顔を想像してしまっていたはず。
本当だったら、そんな心優しい人間を陥れた罪に対し、僕が自ら制裁を加えたいところだ。
「でも、
「うん。その頑張りは僕も知ってるよ。莉奈は本当に頑張っていた」
「謝らなくちゃいけないこともあるの。そんな状況で、太陽は自分だけならすぐに地上へ戻れちゃうけど、私のために考えて行動してくれていたのに……洞窟の中に居たときだけは、ちょっとだけ楽しかったの」
「気持ちよさそうに寝てたもんね」
「むーっ、からかわないで」
あの無防備でかわいらしい寝顔が何よりの証拠であり、緊張感から解き放たれていたのは事実だろう。
僕が居たとはいえ、莉奈からすれば死地へ放り出され、命からがらに危機的状況を潜り抜け続けたんだ。
本当によく頑張っていた。
「それで思ったの。あの人たちは、今までどれぐらいの人を陥れたのかわからない。そしてこれからも。そう考えたら、絶対に誰かが悲しい思いをするんだったら――ちゃんと終わらせないとダメだなって」
「――わかった」
この問題については、僕たちが今どうこうしなくても必ず制裁が加わる件だ。
本人たちが直接手を下していないとはいっても、誘拐と殺人未遂は適応されてもおかしくはない。
いや……後ろの方では、人数に関係なく適応され想像もつかない罰が言い渡されるであろう。
莉奈も自覚している通り、僕と出会わなければ間違いなく命を落としていた。
そして、帰りたいと願う親族の元へ骨すら届くことはなかっただろう。
それはあまりにも悲惨で、犠牲になってしまった人たちや残された人たちが報われない。
もしかしたら、今もなお帰りを待ち続けている人だって……。
「昨日の夜も言ったけど、僕は今回の件で直接手を下さない。だから、莉奈に頑張んばって」
「具体的には何をするの?」
「まずは、強くなってもらう」
「じゃあダンジョンでレベルアップっていうことだね」
「いいや、僕の訓練を受けてもらう」
「それだと2人も相手するのは大変じゃない?」
「さすがに、相手にもハンデを背負ってもらうよ」
「え?」
懸念している通り、構図としては2対1になる。
しかも前衛と後衛でバランスが良く、単純にレベル差もあるし、悔しくも莉奈よりもダンジョンで得た経験は多いはず。
だけど、莉奈は死地から脱し、低いレベルながらに死線を潜り抜ける駆け引きを経験し続けた。
短時間でレベルアップさせてあげられるけど、結局はそのレベルアップに体を思うように動かせなくなるだけだ。
だったら、経験を活かして戦いでの駆け引きを体に叩き込んだ方がいい。
「莉奈、大変だけど頑張ろう」
「う、うん。お手柔らかにお願いします」
「ごめん、それは無理だ」
「えぇ……お世辞でも首を縦に振ってよ」
「厳しいかもしれないけど、これだけは揺るがない。だって、莉奈だってわかってるでしょ。自分がもしかしたら死んでいたかもしれないし、もしかしたらまた同じ犠牲者が出てしまうかもしれない」
「……そう、だね」
「だから、この戦いは負けちゃいけないんだ。苦しませられた自分のためであり、嘆き悲しんでいるであろう犠牲者と残された人のためにも」
「――そうだね、そうだよね。わかった。私、頑張る」
莉奈の目と表情は、決意を宿している。
「じゃあ、まずは腹ごしらえだ」
「うん。朝食もしっかり食べないとね」
僕と莉奈は立ち上がり、部屋を後にした。