それは、生きながら埋められるような日々だった。
彼女が売られたのは、“珍奇な見せ物”を集める旅商人の一団だった。
彼らは獣や障がいを負った子供、人間離れした容姿の者たちを「怪物」として客に見せ、コインを稼いでいた。
セレフィーナは「呪いの子」として鉄の籠に入れられ、昼も夜も見世物にされた。
白髪に赤い瞳。その異質な姿は客たちの好奇心を刺激し、「本当に災いを呼ぶのか」と試すように、石を投げられ、唾を吐かれた。
「泣いてみろ」「怒れ」「呪いを見せろ」
――けれど、セレフィーナは何も言わなかった。泣きもせず、怒りもせず、ただ冷たい瞳で空を見ていた。
時折、彼女の籠の前に立つ子供たちがこう囁いた。
「魔女って、こうやって育つんだよね」
「見て、目が合った。明日、何か悪いことが起きるかも」
その声は、まるで運命を決めつける呪文のように、彼女の心に降り積もっていった。
「呪いの子」は檻の中で育った。
土よりも冷たい床の上、寝る場所も与えられず、濁った水を啜り、腐りかけのパンを与えられた。
生きている理由など誰も問わなかった。存在は罪。呼吸は災厄。笑えば嘲られ、黙れば殴られた。
ある日、飢えた犬を連れてきた男が、セレフィーナの檻の前で笑った。
「こいつに餌をやるか、呪い子の指をやるか……面白い見世物になるだろ」
鉄の扉が開き、犬の唸り声が響いた。
彼女は黙って、犬に差し出されたパンの欠片を奪われながら、それでも動かなかった。
恐怖がなかったのではない。
それを表す言葉を、もう失っていただけだった。
時が流れ、体は少女から少女へと変わっていく。
服は替えられず、身体を洗う水も与えられず、髪は血と泥で固まり、皮膚は季節の過酷さに裂けていった。
それでも誰も哀れまなかった。
「呪いの子だから、汚れていて当然だ」と、大人たちは笑い、子供たちはそれをまねた。
ある夜、別の檻の中の少女が、こっそりセレフィーナに囁いた。
「お願い……助けて……」
数日後、その少女は誰にも告げられず姿を消した。
セレフィーナは知っていた。
「逃げようとした者は、どこにも行けない」
この世界に、逃げ場などないことを。
夜になると、星たちは変わらず空にあった。
けれど、セレフィーナはそれらを見上げなくなった。
自分を慰めるように輝くその優しさが、かえって憎らしくなっていた。
「なぜ、おまえたちは変わらない?」
心の中に、黒い水が溜まり始めていた。
静かに、しかし確かに。
それは誰にも知られず、彼女の中に育っていった。
言葉にすればたった一つ――
「呪われるべきは、私ではなく、世界の方だったのだ」
自分を異物として扱った人々。
自分を怪物として見下した者たち。
救いの手を伸ばさず、星のようにただ遠くから眺めていただけの、この世界そのもの。
セレフィーナの心は、深い井戸の底に落ちていた。
誰も届かぬ場所で、たったひとり、静かに世界を憎み始めていた。
優しさがない世界なら、自分も優しくある必要などない。
涙が意味を持たぬ世界なら、自分も感情を捨てればいい。
ならば――
「いっそ、すべてに呪いを返してやろう」
そうして、“呪いの子”は、ただの見世物ではなくなっていった。
静かに笑うその瞳には、世界を焼き尽くすだけの冷たい光が灯っていた。