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第3話 バターロールとコーンポタージュと神様

 帰還に伴う一番の心配は、例の虹色のゲートを通過できるかどうかだった。しかし全員があっさり通過するのを見て、俺はほっと息を吐く。


 家についてからはさっさと居間に移動し、急いで引っ張り出してきた来客用の布団に狐耳幼女を寝かせる。念のために購入しておいてよかった。


 最初は興味深そうに布団の感触を確かめていた猫耳幼女も、今やその上でごろごろしている。ずいぶんとご機嫌な様子だが、真っ白なシーツと比較してかなり汚れが目立つ。あとで三人まとめてお風呂に入れてしまおう。


 犬耳幼女の方は、用意した座布団の上に大人しく腰を下ろしていた。ひどく萎縮しており、引き取られた家に初めてやって来た子犬のように小さくなっている。

 できれば寛いでもらいたいと思った俺は、約束どおりご飯を食べてもらうことにした。


「パンは好き? これを食べてちょっと待っていてね」


 台所から大量のバターロールを盛った皿を持ってきて、布団を敷くため脇へずらしたローテーブルの上におく。それと果肉たっぷりのいちごジャムも。どちらも自分の間食用に買ってきたやつだ。


 他には、レトルトのコーンポタージュを用意するつもりでいる。

 飲み物はミネラルウォーターをコップに入れて出す。俺は基本的に水とコーヒーしか飲まないので、現状はそれかしか用意できなかった。


「ご馳走すると言ったわりに、こんな物ばかりで申し訳ない……」


 我が家は『東京の田舎』に所在するうえ、引っ越しが済んだばかり。まともな料理を作るなら、少し離れたショッピングモールまで買い出しに行かなければならない。とりあえず昼食はこれで我慢してもらって、夕食に本気を出す所存である。


 それでもスープを温めて台所から戻ってきてみれば、全身で喜びを表現する猫耳幼女の姿を見ることが叶う。齧ったバターロールを片手に持ち、足踏みしながらくるくる回っていた。


「……パンがすごくおいしくて、びっくりしてるみたいです」


 どうやら二人ともバターロールを相当お気に召したらしい。

 それにしても、猫耳幼女がいっさい言葉を発さない点がとても気にかかる。


「あの……あなたは神様ですか?」


「へ?」


 俺も空いた場所に座り、ぱたぱたと回る猫耳幼女を観察していると、思いもよらぬ言葉をかけられる。


 横へ顔を向ければ、座ってパンを食べていた犬耳幼女がうかがうようにこちらを見上げていた。目が合うと急におどおどした様子を見せる。


「俺が、神様……?」


「は、はい。ちがうの……?」


「どうしてそう思ったの?」


「え、だってこんなおいしいパンをくれたし、すごいお家あるし……わたしが神様に、助けてってお祈りしたら来てくれたから……」


 この子の置かれている環境は、バターロールをくれる程度の相手を神様だと勘違いするほどに苛酷なものらしい。


 あまりに不憫で、不覚にも涙が溢れそうになった……けれど、辛いのは俺じゃない。ぐっと感情を抑え、笑顔を浮かべて話を続けた。


「俺は神様なんかじゃないよ。あれ、そっちのパンは取っておく分かな?」


 犬耳幼女が使用しているテーブルスペースの脇に、幾つかのバターロールが分けて置かれている。俺はそれを、後で食べる分を確保しているのだと解釈した。


 だから「おかわりはまだ沢山あるよ」と声をかけた――ところが、またも予想外の返答を受けて面食らう。


「あ、これはあの子のぶんです。起きたら食べさせてあげようと思って……だめですか?」


「ううん、まったくだめじゃないよ。むしろ凄く良い考えだね」


 狐耳幼女の食べる分だそうだ。目覚めたら別で何か用意するつもりだったから、まさかバターロールをとっておくなんて思いもしなかった。


 汚れなき純白の優しさを目の当たりにし、俺は己の考えの至らなさを恥じた。

 と、そこで猫耳幼女が急にはっとした顔になり、手に持っていたバターロールを慌てて半分にちぎる。それから何を思ったのか、こちらに近づいてきて片方を俺の口の前へ差しだす。


「どうした? 食べないの?」


「えっと……わたしたち、いつも三人でわけて食べるから……」


 犬耳幼女の通訳によると、手に入れた食料は基本的に分けあうものなので、何も食べてない俺にも半分くれるのだそうだ。


 幼女たちのやせ細った姿を見れば、常日頃から空腹に苛まされていたであろうことは容易に想像がつく。にもかかわらず、自分の食べ物をわけ与えるという……この子たちはきっと天使か何かに違いない。


「ありがとう。でも、パンはまだまだ沢山あるから気にしないでいっぱいお食べ。ほら座って、このスープも飲んでごらん。スプーンを使って飲むんだよ。まだ熱いから火傷しないように気をつけてね」


 頭をなでて猫耳幼女を座らせる。続けてスプーンの使い方を教えつつスープを口に運んでやると、たちまち破顔して飛び跳ねようとする。せっかく座らせたのに興奮状態に再突入したようだ。


 その様子を見ていた犬耳幼女も少し遅れてスープを口に運ぶ。そして控えめな笑顔を浮かべてつぶやく。


「あったかくて、すっごくおいしい……やっぱり神様なんだ」


 どうしてその結論に回帰したかはわからないが、お口にあったようで何よりである。


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