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第5話 獣耳幼女たちの事情

 俺は「すぐに用意するから」といって台所へ向かい、ご要望どおり温めたコーンスープを狐耳幼女に提供する。あわせて他の二人のおかわりも用意した。


 スプーンの使い方を教えれば、すぐ食べることに集中して静かになる。三人とも座って食事を再開したので、タイミングを見計らって話を切りだす。


「それじゃあ、食べながらでいいから聞いてね。俺は伊海朔太郎という名前なんだけど、順番に君たちの名前と年齢を教えてくれるかな?」


 狐耳幼女はスープに夢中だし、猫耳幼女は言葉を発さない。ならば必然、回答権は犬耳幼女に委ねられる。よく見るとこの子も口の端にいちごジャムをつけていたので、さっと拭ってやった。


「ぷはっ!? えっと、わたしはエマです。この子はリリ、この子がルルです。それで……」


 回答者の犬耳幼女は、『エマ』という名前らしい。

 正確な年齢はわからないが、たぶん六歳とのこと。


 エマは胸にかかるくらいにまで伸びた……というよりは伸ばしっぱなしの亜麻色の髪と、魅惑的な輝きを秘めたヘーゼルの瞳を持つ。柔らかな雰囲気の整った顔立ちで、鈴をはったような目が優しさと愛嬌を感じさせる。


 頭部に生えている垂れた犬耳は髪と同色の被毛に覆われ、加えて同じ色合いのふさふさ尻尾が腰の後ろで揺れていた。


 続いて、狐耳幼女の名は『リリ』というそうだ。

 年齢はたぶん五歳とのこと。


 リリは肩につく位の長さの金の髪と、理知的な輝きを放つエメラルドグリーンの瞳を持つ。この子もとても整った顔立ちをしているが、ややツリ目でキツい印象を受ける。


 頭部に生えているのは、おそらく狐耳。やはり髪と同色の被毛に覆われ、同じ色合いのふさふさ尻尾が腰の後ろで揺れていた。


 そして例の猫耳幼女は、『ルル』という名前だった。

 年齢はたぶん四歳とのこと。


 ルルは肩にかからないくらいの長さの黒髪と、無垢な輝きを宿すブルーの瞳を持つ。とても整った顔立ちをしているものの、まぶたの端がほんの少しだけ下がっていて、どこか眠たげな印象を与える。


 頭に生えている猫耳は髪と同色の被毛に覆われ、この子もまた同色のしなやかな尻尾を腰の後ろで揺らしている。


 三者三様、とても個性的だ。

 しっかり者で優しいエマに、好奇心旺盛で物怖じしないリリ、無口だけどやんちゃなルル、といった感じである。


 ただし、揃ってガリガリに痩せている、薄汚れている、ボロのワンピースをまとっている、裸足である、などの共通点があげられる。


「エマの耳と尻尾……それは犬、のものかな?」


「は、はい。司祭さまが、わたしは『ロメシュタット』の出身だっていってました」


 俺の予想は正解だったものの、ちょっと気になる言葉が飛び出してきた。

 ロメシュタットという謎の単語はさておき、司祭さまというと……もしや三人の保護者なのでは?


「聖堂のうしろにみんなで住んでたんですけど、司祭さまがいなくなって……えっと、それで……」


 拙いながらも、エマは懸命に自分たちの置かれた境遇を説明してくれた。

 その話をまとめると、こうなる――三人は孤児で、聖堂の裏手にあった孤児院らしき建物で共同生活を送っていた。


 孤児院には他にも沢山の子供がいたが、エマ・リリ・ルルの三人は特に幼く、一番の年少組だった。また年齢が推定なのも孤児という出自が原因だ。


 そしてある日のこと、保護者である『司祭さま』とやらが失踪する――事情は不明だが、資金繰りに窮して自暴自棄にでもなったのではないだろうか。もともと食うや食わずの生活で酷く貧しかったそうだし。


 ともかく、司祭さまはどこかへ出かけたきりついぞ帰ってくることはなく、当然ながら食料の補充なども行われず、孤児たちは次第に飢えていった。


 さらに悪いことは続く――いよいよ食料が底をついた時、大勢の衛兵が突如押しかけてきた。

 衛兵は孤児院を閉鎖すると言って子供たちを追い出し、室内の物品を略奪したばかりか建物すらも打ち壊した。


 理由を聞くと、司祭さまが悪いことをしたから、と教えられたそうだ。

 その際、ついでとばかりに聖堂も荒らして帰ったという。


 この許しがたい蛮行の末、孤児たちは散り散りになり、その多くが街へ出てひったくりや物乞いに身を窶すことになった。


 しかし、エマたち三人は取り残される。とりわけ幼かったことが理由だ。

 無理もない。年上の孤児たちだって、自身のことで精一杯だったのだ。自活すら難しい三人の幼女の世話をやく余裕などあるはずがない。


 そのためエマたちは荒廃した聖堂に留まる他なく、以降は年長の孤児たちがたまに持ってきてくれる食料と、付近でたまに行われる炊き出しと、近場の川沿いに生えた草などを摘んでどうにか飢えを満たす日々を送ることに。


 聞くところによれば、司祭さまの蒸発した時期は春前後。肌感覚ではあるが、異世界と日本の気候は似ているように思う。そして今は秋口……つまり三人は約半年もの間、その幼い身を寄せ合ってどうにか生き抜いてきたことになる。


 中でもエマは一番年上なので、必死にリリとルルの面倒を見てきたそうだ。


「でも、リリがたおれちゃって……わたし、神様にお願いしたんです。これからずっといい子でいるからリリを助けてくださいって。いっぱい、いっぱいお祈りしたんです」


 そうしたら神様が来てくれました――そう言って、エマはふにゃりと笑う。

 逆に俺は大人のくせに、涙をこぼさないように我慢するだけで精一杯だった。


 ひもじかったろう。

 辛かったろう。

 心細かったろう。

 怖かったろう。


 世界では三億人以上の子供たちが貧困に苦しんでいる、とテレビかなにかで見た覚えがある…だが、そんな現実を知ったとき俺はなにを思った? 


 少し顔をしかめ、ただの数字の羅列として記憶に留めただけ――言ってしまえば、貧困とは『快適な自室から見る画面越しの風景』でしかない。だからこそ他人事でいられた。


 けれど、画面は叩き割られた。

 風が吹き込み、空気が混じり合う。


 おかげで関わらずにはいられない――俺たちは今、同じ場所にいる。

 目の前にいる幼女三人を救おうと決心するのに、ほんの少しもためらいはなかった。


「話してくれてありがとう、エマ。三人とも今まで本当に大変だったね。でも安心してくれ、今後は俺がついているから」


 自身のような凡人にできることなどたかが知れている。それでも最低限、きちんと日に三度食事がとれて、屋根のある寝所で明日を楽しみに眠りにつける、そんな環境を用意してあげたい。


 と、そこでリリが不意に食事の手を止めて言う。


「じゃあ……あれ、なんていうんだっけ?」


「俺の名前かな? 伊海朔太郎ね」


「イカイサクタロ?」


「そう。でも、朔太郎でいいよ」


「わかった、サクタローね! えっと、サクタローが新しい司祭さまになってくれるの?」


「そのつもりだよ」


 俺は迷わず肯定する。

 もとより謎の地下通路によって通じる廃聖堂サイドを放置することはできないし、幼女たちを庇護するうえで有効ならば迷いなく代役を務めるつもりなので、さして語弊はないはずだ。


「よかった。人さらいじゃないのね」


 リリ曰く、聖堂のある地域には孤児をさらって売るような悪い大人もいるらしい。年長の孤児たちから気をつけるように注意されていたようで、それが『人さらい』発言へと繋がっている。かなりバイオレンスだ。


 ここは一つ、安心させる意味でもはっきり明言しておこう。


「誓って人さらいじゃないから心配ないよ。むしろ俺は三人を守りたいんだ」


「守ってくれるの? じゃあ、サクタローはエマを守って」


 頼れる大人もおらず、その小さな体で二人の妹を守り通してきたエマ――リリは、そんな優しくて頑張り屋さんの姉が心配で仕方ないらしい。


「わかった、約束する。でも、三人一緒に守るから大丈夫だよ。それはそうと、エマは本当に頑張ったんだね」


 思わず隣に座っていたエマの頭に手が伸びる。優しく「えらいえらい」と頭をなでると、手の動きに合わせて犬耳がふにふに揺れた。


「わたしは、ふたりのお姉ちゃんだから……」


 だとしても君は立派だよ。誰にでもできることじゃないし、本当に凄いことをしたんだ。そう繰り返し褒めながら、俺はエマの頭をなで続けた。


「え、えへへ……ふぇ、うぅ……うっ、ふえぇええ――」


「なんで泣くのっ! もう、エマの泣きむし!」


 お腹いっぱいになって気が緩んだのか、声をあげて泣きじゃくるエマ。それにつられてリリも泣き出し、さらにはルルまでも声を出さずに涙を流す。


 やがて三人はそれぞれを求めるように一塊となり、こてんと倒れて布団の上に転がった。すると泣き声は次第に小さくなってゆき、しばらく経つと寝息へ切りかわる。


 俺はその様子を眺めつつ、起き出してきたら今度はリリとルルをたくさん褒めることに決めた。今という時間は、三人が力を合わせて勝ち取ったものなのだから。

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