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第10話 朝食と異世界への初めてのお出かけ

 翌朝、俺は六時前に目を覚ました。

 より正確には、先に目覚めた幼女たちに叩き起こされた、となるのだけど。


「もう、サクタローはいつまで寝てるの! 朝ゴハンのよういしないとダメなのよ!」


 腰に手をあて胸を張るリリ曰く、夜明けとともに起床し、その日を生き抜く糧を探し歩くのが常らしい。悲しいことに、そうまでしなければ生き延びられなかったのだろう。


 もちろん本日もそのつもりだそうだ。エマもしっかり起きていて、「サクタローさんの分もわたしがあつめます!」なんて張り切っている。いまだルルだけが、布団の上にぐでっと転がっている。赤ちゃんアザラシみたいだ。


「早くさがしにいかいないと、朝ゴハンなくなっちゃう!」


「大丈夫だよ、リリ。探さなくても俺がちゃんと用意するから」


 きっとわが家の食料は昨夜で尽きたと思っているのだろう。実際はゆうに三日分はある。なので、明日からは起床時間をもっと遅くしていただきたい。かわりに美味しい朝食を作ることをお約束しますので……。


「え、さがさなくていいの?」


「うん。いいのいいの」


 じゃあ早く準備して、と催促しながら俺の腕を引っぱるリリとエマ。仕方なしに布団から抜けだし、みんなに「おはよう」と声をかける。


「あ、おはようございます!」


「おはよう! ゴハンよ、はやくはやく!」


 俺は要望にお応えするため、「すぐに準備するから」と台所へ向かう。肌をなでる少しひんやりした空気に秋の深まりを感じた。


 さて、朝食は手軽に……チーズエッグトーストと温めたコーンポタージュ、あとは牛乳でもつけよう。


「また昨日みたいにつくるの?」


「そうだよ。といっても、簡単なものだけどね」


 冷蔵庫から卵を取りだしていると、背後からリリの声が飛んでくる。振り返るとパジャマ姿の三人の姿が目にはいる。いつの間にかルルも起き出してきたようだ。


 俺はささっと朝食を作り上げ、居間のテーブルに並べる。それぞれが席につけば朝食の開始だ。


「はい、手を合わせて。いただきます」


『いただきます!』


 今朝はエマとリリも言ってくれた。

 唯一声を発しないルルはというと、間髪入れずトーストに手をのばす。ものすごい速さだ。それを機に、三人は競うように健啖ぶりを発揮する。


 俺は朝食をとらないタイプなので、ブラックコーヒーを味わいつつ微笑ましい食事風景を眺めていた。


「そういえばエマ、聖堂の近くに市場みたいなところってある?」


 食べる勢いが落ち着いたころを見計らい、俺はわりと重要な質問をした。

 本日は異世界側での活動を予定しており、可能であれば市場のような場所へ行ってみたいと考えている。


「あります! まえにお使いでいきました!」


「リリも知ってる!」


「そうなんだ。じゃあ、このあと案内してもらえないかな?」


「わかりました!」 


「リリもいく!」


 ルルも手を上げて懸命にアピールしている。食べ物で口をぱんぱんにしたまま……ともあれ、返答は期待以上のものだった。


 俺はエマたちの『生活基盤を築く』と決意したわけだが、当然それは異世界サイドでの話だ。またその場合、現地の金銭は必須となる。


 そこで、まずは市場調査を行うことに決めた――早い話が、日本の品が向こうで売れないか調べる予定なのだ。


 言うまでもなく『異世界でまっとうな職について金銭を得る』という選択肢は存在しない。効率が悪すぎるし、日本ですら現無職の男には難度が高すぎる。

 そんなわけで、朝食を済ませ次第お出かけの支度を整える。


 はしゃぐ三人には昨日と同じワンピースを着せ、姉に買ってきてもらっていたキッズスニーカーを履かせる。マジックテープタイプの製品でサイズも問題なし。

 新しい靴をプレゼントした時は、耳が痛くなるほどの歓声をあげて喜んでくれた。


 遅れて俺もジャケットにテーパードパンツというお決まりの服装に着替え、謎の地下通路の入口でスニーカーに足を突っ込む。それからちょっとした護身用の品を尻ポケットに入れて準備完了。


 その後、みんな揃って異世界へ出発した。


 ***


「ちゃんとあるな」


 目の前で例の虹色のゲートが揺らめいている。物置の石段を下り、謎の地下通路を少し進んだ先で、昨日と変わらぬ異様な存在感を放っていた。

 ひと晩経って消えていたらどうしようと心配していたが、杞憂だったらしい。


「これ、『神様のぬけ道』ですか?」


「うーん……なんだろうね?」


 エマが不思議そうに尋ねてくるが、俺も何だかわかっていないので答えようがない。

 けれどそうか、神様の仕業と言われれば納得だ。人智の及ばぬ超常現象の類は、総じて『神の奇跡』とやらに分類しておいた方が精神衛生上も好ましい。


 認識を改めつつ虹色のゲートを通過し、謎の地下通路をさらに進む。


「やっぱり誰も訪れていない、か……」


 ややあって廃聖堂へ到着する。純白の女神像の前で一度立ち止まり、昨日置いたメモ用紙をチェックするも特に異変はない。

 エマたちが言っていたように、『保護者は存在しない』と断定してよさそうだ。


「じゃあ、絶対に俺から離れないようにね。もし迷子になったらこの聖堂に戻って、他のみんなを待つこと。いいね?」


 街へでる前に約束事を念入りに確認する。こちらではスマホの電波が届かないので、一度はぐれてしまうと合流するのも容易ではない。


 確認後、俺は廃聖堂の外へ向けて歩きだす……けれど、すぐに立ち止まった。なぜかルルが足にべったり張り付いて離れない。


「どうしたの、ルル? ……エマ、わかる?」


「たぶん歩きたくないんだと思います。ちょっと眠いのかなぁ」


 どうやら、まだ目が覚めてなくてぐずり気味のようだ。

 仕方ないなあ……と、あまりの可愛らしさについ抱き上げてしまう。昨夜、甘やかしはよくない、などとほざいたのはどの口か。


 でもまあ、今日くらいはいいよね、の精神である。


「わぁ……!」


「あ、ずるいっ!」


 抱っこされてご満悦なルルを、羨ましげに見つめるエマ。すかさずリリの口からも抗議の声があがる。


 昨日の夕食時もそうだったけれど……この流れ、なんだか恒例となりつつあるような気がする。続いて俺は、大抵こう答えるのだ。


「はいはい、順番にね」


 するとリリが「やったー!」と両手をあげて喜び、エマは花がほころぶように笑う。

 ほのぼのとしたやり取りを交わしながら、俺たちは今度こそ廃聖堂の外へ足を踏みだす。

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