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第13話 ベルトン商会の会頭

「私は、ゴルド・フィン・ベルトン。ベルトン商会の会頭を務めておる。まずは先触れもなしに訪問した非礼を詫びさせていただく」


「…………」


 俺はいま廃聖堂の出入り口をバックに、ひどく顔のおっかない中年男性と向かいあっていた。


 名を『ゴルド』というらしい。後ろになでつけた金髪に同系色の髭、シワの刻まれた眉間、加えて厳つい顔と鷹のような鋭い目つきに、ガッシリとした体格の持ち主である。


 彼は精緻な刺繍が施された古風なコートに、高級感のある仕立ての服、きらびやかな装飾品を身につけていた。その風貌は、映画などで見る『悪役貴族』と表現するのがまさにピッタリ。


 第一印象で判断して大変申しわけないが……この人、絶対カタギじゃないだろ。

 エマたちも恐怖のあまり、俺の足にしがみつき震えている。相手は笑顔らしき表情を浮かべているが、逆に迫力が増すのでやめていただきたい。


 それはさておき、俺がどうしてこの強面の御仁と相対する羽目になったのかといえば、偏に本来の待ちあわせ相手であるケネト・テリールさんのせいだ。


 時刻は今より五分ほど前にさかのぼる――俺たちは虹色ゲートを通過して異世界へもどり、廃聖堂の敷地内でケネトさんの訪れをまっていた。いつ来てもわかるように、出入り口前の空き地で『ひょうたん鬼』をして遊んでいたのである。


 エマたちは範囲を限定した鬼ごっこをとても気に入ったようで、かなり盛り上がった。

 するとそこへ、大きな馬に牽引された二台の馬車がやってくる。立派な箱馬車を先頭に、レトロな幌馬車が後ろに続く形だ。


 その周囲には剣や槍などで武装した男たちが護衛のようにつき従い、実に物々しい雰囲気とともに廃聖堂の敷地内へ入場してきた。


 ややあって二台の馬車は適当な位置に停車した。

 次いで、幌馬車の方から生成りのエプロンをつけた女性が数人おりてきた。


 さらに御者によって開かれた箱馬車の扉から、二名の男性が踏み台を利用しつつ順番に登場した。言うまでもなくケネトさん、ゴルドさんの両名である。


 それからあっけにとられる俺たちに対し、ケネトさんは再会の挨拶に交えて「こちらは私の所属する商会の主でございます」と、なに食わぬ顔でゴルドさんを紹介したのだった――このような経緯があり、現在の状況が整ったというわけだ。


「聞いておられるか? 突然すまない。部下のケネトよりとても珍しい衣服を着た御仁がいると報告があったゆえ、こうして直接見にまいった次第である」


「は、はあ、どうも初めまして。俺……いえ、私は伊海朔太郎と申します。お気軽にサクタローとお呼びください……」


 改めて声をかけられたところで我に返り、俺はようやく言葉を返すことができた。言葉遣いも丁寧なものに改めて。

 話によるとゴルドさんは商会の主で、ケネトさんの上司という立場のようだ。


 しかし、本当にまっとうな仕事をしている人なのか……? 

 顔が怖くて態度も尊大なものだから、ヤクザにみかじめ料でもせびられているような気分になってくる。


「ならば、私のこともゴルドと。さて、このまま立ち話というのもなんだ。こちらの方で一席設けてもよいだろうか? 子供がおると聞いたので焼き菓子なども用意してある」


 あれ、お土産もってきてくれたの? 

 もしやゴルドさん……意外にいい人だったり?


「サクタロー殿、ご安心ください。我が主は、厳つい顔に似合わず穏やかな人物ですから。お嬢様方もどうか怖がらないであげてくださいませ。性格も繊細で、お子さまなどに怯えられると気落ちしてしまうのですよ」


「……これケネト、余計なことを言うでない。では、商談の席を用意させていただきたいのだが、場所は聖堂内でよろしいか?」


 ケネトさんが冗談めかしたフォローを入れると、周囲で待機するお連れの方々からも小さな笑いがもれた。当のゴルドさんは、この部下たちの反応に少し顔を赤くするだけで特に怒ったりもしない。


 俺には嘘や演技をしているようには見えず、本当にただ顔が怖いだけで穏やかな人のように思えた。


「あ、はい。散らかっていますけど」


「構わぬ。貴様たち仕事だ、堂内に卓と椅子を並べよ」


 ゴルドさんの指示を受け、待機していたエプロン姿の女性陣と武装した男性陣がいっせいに動きだした。幌馬車から机や椅子を取りだし、次々と廃聖堂の中へ運びこむ。


 手際よく準備が整えられていく様子を眺めながら、俺は内心で葛藤していた。

 もはやゴルドさんからはいい人オーラがにじみ出て見える。でも、でも……そう簡単に信用するわけにはいかないんだ(半落ち)!

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