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第14話 茶葉と商談

「サクタロー殿、どうぞこちらへ。お嬢様方は隣の席へおかけください。すぐに飲み物を用意いたします」


 ほどなくして場が整い、ケネトさんが執事よろしく席まで案内してくれる。

 組みたてられた丸テーブルを二つ横に並べ、その一つに俺とゴルドさんは対座した。


 エマたちはもう一方のテーブルでお行儀よく座っている。お金の話を子供に聞かせるのはいかがなものかと思ったけれど、やはり側から離れたがらなかったので、先方の了承のもとこのような形に落ち着いた。


「あの、あれって『カセットコンロ』ですか?」


 席について程なく、俺は思わず疑問を口にした。


 人差し指で示した先には三個目のテーブルが設置されており、その卓上には五徳らしきものが付随する長方形の物体がおかれていた。大きさはノートPCほどで、しかも手鍋をのせた状態である。


「カセット……? それは初耳ですな。あちらは携帯用の『簡易のかまど』でして、この地域ではさして珍しくない〝魔石〟で作動する形式のものでございます」


 教えてくれたのは、ゴルドさんの背後で待機するケネトさん。

 簡易かまど、魔石……ふいに飛び出してきたパワーワードにとても興味をひかれた。が、相手の口ぶりから『知っていて当然』というニュアンスを感じ取ったので、ひとまずスルーである。


 つい質問してしまったが、あまりに世間知らずだからと余計な詮索をされては困ったことになる。もし異世界人と露見した場合、現状の俺にはうまく取りつくろう自信がないし、何よりその影響を予測できない。


 いずれエマたち以外で、この世界(異世界)の常識などを安心して尋ねられる人材がほしいところだ。ちゃんとした大人のね。


「簡易かまどですか、なるほど。どうやら私の母国では別の名称で呼ばれているようです」


「左様か。ならば、サクタロー殿の生国はよほど遠方なのであろうな」


「ええ、まあ。この辺りだと国名をご存知の方すらいないでしょうね……」


 ゴルドさんとしばし雑談を続けていると、先ほどの手鍋から湯気がたちはじめた。

 もちろん湯を沸かしているのだろう。すると俺の思っていた通り、簡易かまどはカセットコンロと似たような機能を持つらしい。


 次いでエプロン姿の担当の女性(おそらくメイドさん)が、くすんだ色合いの陶器のティーカップを……いや、持ち手がないのでティーボウル? などを取りだして手際よく茶をいれていく。ややあって席に着く全員のまえに湯気をたてる器が並ぶ。


「本日はワインでなく、舶来品の『茶葉』を持参した。我が国の上流階級で愛飲されているもので、砂糖をいれて飲むのが嗜みとされておる」


 言って、ゴルドさんはテーブル中央に置かれた小さな木製ポットの蓋をあけた。

 中に収まっているくすんだ茶色の結晶は砂糖のようだ……が、日本で普段目にする物より質感が粗く、彩度も大幅に落ちる。


 彼は続けて用意されていた木の匙を使い、自分の茶に砂糖をたっぷり入れてからカップに口をつけた。


「うむ、美味い。サクタロー殿にもぜひご賞味いただきたい」


「では、遠慮なくいただきます」


 上流階級だのと御大層な前フリだが、見た感じはただの紅茶である。

 俺はまず味を確かめるべくそのまま一口含む。途端にさっぱりした渋みとコク、加えてわずかに花のような香りが感じられた。


 これは……ちょっとウーロン茶っぽいな。思い浮かべたイメージと味が違ったから、ちょっと面食らった。まあ、両者の違いなんてもとより些細なものか。


 自分の味覚がお茶と認識したものに砂糖を入れるのはためらわれたので、失礼ながらストレートのまま味わう。


 さらにここで、切り分けられた焼き菓子がサーブされる。果実を使ったパイだそうで、これも勧められるままに木の匙を使って一口いただく。

 うん、失礼ながら……生地はもっさりで、味も俺の好みとは違う。


 先程まで足をぶらぶらしていたエマたちは喜んで食べている。ルルなんてもはや手づかみでいっちゃっている……後で注意しますのでお目溢しをと、俺は苦笑いを浮かべた。


 よく考えたら、パンケーキを食べさせた後なので少し重いかも。残るようならお持ち帰りさせていただこう。


「それにしても、聞きしに勝る見事な衣服ですな。素材や製法、さらに意匠や染色に至るまでまったく見たことのないものばかり。何より、その衣服を繕った職人の技巧は驚嘆に値する」


 こちらをまじまじ見つめ、眉間のシワをより深めるゴルドさん。とても怖い顔になっているが、怒っているのではなく驚いているようだ。


「自惚れるわけではないが、我がベルトン商会はこの『迷宮都市ラクスジット』でも有数の規模と自負しておる。それでもなお、こうして未知の品に出会うとは……ケネトの言うようにセルゼルシアの懐のなんと広いことか」


 逆に俺は困惑顔。

 ラクスジットはこの街の名称と推測されるが……はて、『迷宮都市』とはなんぞや? 


 しかし、またも質問をするようなタイミングでもないので、あえて掘り下げることなく話を先に進める。


「この辺りでは手に入らない品であることを保証しますよ」


「ふうむ……意匠が独特なので好みは別れようが、物を見れば上位貴族ですら目を奪われるに違いない」


「他にも沢山ありますので、どうぞ手にとって見てください。これなんていかがですか」


 雑談の流れから本格的な商談にはいる。これ幸いとテーブルの横に置いてあったスーツケースを広げ、中から持参した品を取りだして売りこむ。


 反応は上々。衣服はもちろんのこと、とりわけ持ちこんだ調味料類に注目が集まった。上白糖を取りだしたときなど、お付きの方々からも感嘆の声が漏れたほどだ。


「これほど白い砂糖は見たことがない。我が国の貴族は白色を尊ぶゆえ、たいそう人気となろう。胡椒の品質も申し分ない。とりわけこの入れ物が画期的だ……」


「これは、玻璃(ガラス)でしょうか? こんなにも透き通ったものが存在したのですね。それにしては軽いような……」


「まこと、驚嘆すべき加工技術であるな」


 夢中になって品定めするゴルドさんとケネトさん。

 両名は品物の本体のみならず、プラスチック容器やビニールの梱包材にまで強い興味を示していた。


「もしお求めなら、その大きな鞄(スーツケース)ごとお売りしても構いませんよ」


「なんと!? サクタロー殿、本当に手放してよいのか? こちらとしては、譲っていただけるなら是非お願いしたいところであるが……」


 ゴルドさんは目を丸くする。木材よりも軽くて鉄のごとく硬い入れ物、とはスーツケースに対する評価である。


 聞けば、割れ物などの輸送に重宝しそうとのことで、すかさずご購入の返事をいただいた。


 日本で入手できる品ならいくらでもどうぞ。というわけで、持ちこんだ物はスーツケースごとお買い上げとなった。

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