「まこと素晴らしき商談であった。サクタロー殿との出会いを神々に感謝せねば」
取引を終え、テーブルの上には『リベルトリア金貨』の塔が並ぶ。黄金色の輝きは実に壮観である。
それとなく尋ねてみれば、ラクスジット(この街)の属する国家で流通している貨幣のようで、いくつか種類がある中でも上位の価値を持つと判明した。
謎のリアルタイム翻訳が確かならば、素材は金(ゴールド)だそうだ。俺の知る元素と同一かは不明だが、異世界でもやはり貴重らしい。
この街の庶民にとって、金貨三枚はひと月分の贅沢に足る額だという――そんな金貨を百枚近くゲットした。
目下のところ売却額が適正かどうかは不明。今後の活動によって明かされていくことを期待し、仮に『騙された』と感じたら取引はそこで打ち切りとする。
「そうだ、ゴルドさん。ちょっとお聞きしたいことがあります」
「私の知っていることなら、なんなりとお答えしよう」
「では、お言葉に甘えて。この聖堂の所有権に関してご存知ありませんか?」
俺は売らずに唯一残しておいた自前のトートバッグに金貨をしまい込み、あらかじめ絶対にしようと決めていた質問を投げかける。
この廃聖堂と我が家は、謎の地下通路によって連結されている。なのに一方は廃墟で、常時だれでも出入りできる状況なんて気が気じゃない。
またセキュリティを強化するのにあわせ、ここを改築して異世界側の拠点にしようと考えている。そのため可能なら建物を、ひいては敷地全体を自己所有として管理したいのだ。
「ご承知のとおり、この聖堂の奥にある彫像は女神ミレイシュのもの。よって本来は『女神教』の管理する建物であった」
まったく知りませんでした……話によると、例の純白の女神像は『ミレイシュ様』とやらを祀ったものだそうな。
「しかし『とある事情』から、この聖堂は取り潰しになったと聞く。ならば権利は土地の帰属先、すなわちラクスジット公爵のもとにあると判断するのが妥当である」
とある事情――恐らく、エマたちの孤児院が取り壊された原因だ。しかし今はあえて深掘りすることなく、この街を支配するお貴族様の持ちものだと解釈して相づちを打つ。
それならそれで、然るべき手順を踏んでどうにか所有できないものか。
「この街は余すことなくラクスジット公爵の所領ゆえ、土地そのものを買い取ることは許されておらぬ。だが、定められた額の地代を納めれば『土地を使用する権利』を得ることは叶う。そのうえで規則を犯さない限り、どのような物を建てようと咎められることはない」
つまるところ、土地のレンタル料を支払うならご自由に、ということらしい。もちろん都市のルールを守っている場合の話だが。
ガッツリ封建制度の香りはするものの、きちんと地代の支払いを継続しているうちは、いきなり追い出されたりするなどの無法にあうこともめったにないそうだ。
領主たるラクスジット公爵とやらのお貴族様は、それなりの善政を敷いているみたい。
「なるほど、理解できました。ご丁寧にありがとうございます」
「いや、構わんよ。もしご希望なら、私のほうで色々と手配することも可能だ。我が商会を通せば便宜を図ってもらえる。気が向いたらいつでも声をかけてくだされ」
不動産に関する手続きは、役場におもむけば自身でもできなくないが、この街では地場の商人に仲介してもらうのが通例となっているそうだ。その方がスムーズにことが運ぶし、袖の下やらを要求されることもあって結局は安くすむという。
「それなら、ぜひゴルドさんに手続きをお願いしたいと思います。先ほどの金貨があれば足りますかね?」
「あの量であれば、年単位での契約が可能であろう。だが、まずは詳細を問い合わせる必要がある。三日ほど時間をもらえるだろうか?」
ふと社会人時代のクセで手帳の存在を思い浮かべるが、無職の俺にはもはや不要の長物だ。幼女たちのお世話はあるものの、基本時間は有り余っている。よって、答えは「はい、お願いします」意外に存在しない。
「では、承った。諸々を踏まえ、差し支えなければ四日後の昼にでもまたお会いしたい。経過をおしらせしたく思う」
「はい、そちらも問題ありません。その際にまた何かお持ちしますね。お気に召したらご購入ください」
「おお、それは願ってもないことだ。次回はどのような品を拝見できるか楽しみで仕方ない。しからば、本日のところはこれで失礼させていただくとしよう。子供たちをこれ以上疲れさせるのは忍びないのでな」
ゴルドさんはマフィアのファーザーもかくやといった笑みを湛え、手のひらでこちらの側面を示す。つられて横へ顔を向ければ、椅子に座ったままエマを中心によりそってうたた寝する幼女たちの姿があった。
ずいぶん静かだと思ったらお昼寝タイムへ突入していたのか。こうしちゃいられない。早くふかふかのお布団でくるまないと。
「それではゴルドさん、ケネトさん、また四日後に。こちらは少し後始末があるので、どうぞお先にお帰りください」
「うむ。サクタロー殿、再会を楽しみにしておるぞ」
早く帰りたいといっても、謎の地下通路の存在を知られるわけにはいかない。
眠そうなエマたちには申し訳ないがいったん起きてもらい、お連れの方々によって進められる撤収作業を眺める。
その後、廃聖堂の出入り口で再度別れの挨拶を交わし、去りゆく現地商人一行の馬車を見送った。