「ふうむ……サクタロー殿は、やんごとなき血筋の生まれやもしれん」
ベルトン商会の執務室で、ゴルド・フィン・ベルトンは仕事の手を止めてつぶやいた。
周囲には高級感のある品のよい調度品と書類棚が並ぶ。そんな部屋の中央に設置された執務机に腰をすえ、脳裏に思い浮かべるのは先ほど取引をした青年の姿――黒髪黒目の中肉中背、やたらうす顔で、本人は『イカイ・サクタロー』と名乗った。
聞き慣れない響きの名前だった。それのみか、身にまとう衣服、売り込んできた品々や容器および包装、果ては持ちこまれた荷箱に至るまで、ほぼすべてにおいて馴染みのない物ばかり。
中には見知った品(香辛料類)もあるにはあったが、ゴルドの知るそれと比べれば信じられないくらいに高品質で、まさに口が開きっぱなしの商談となった。
リベルトリア金貨の塔をならべて入手した物はどれも素晴らしく、自国の王侯貴族を魅了すること間違いなし。これだけの品があれば、どれだけ商売下手でも大きな利益を望める。
あまり儲けすぎるようならサクタロー殿に謝礼金を支払わねば、とゴルドは心に決めていた。買い取り額が適正かどうかイマイチ自信を持てなかったからだ。
そして、自身が目利きに不安を抱くほどの物品を所有する御仁ならば最上流の階級に属する、と考えるのは当然の帰結だった。
そもそもゴルドは貴族家の出身であり、大陸中から絶えず人と物が流入するこの『迷宮都市ラクスジット』において有数の商会を経営する人物だ。ゆえに多岐にわたる分野の知見を持ち、国内でも傑出した知識人たりうる。
そんな自身ですら、見たことも聞いたこともないものがぽんぽん飛び出してきたのだ。ならば相手は並の貴族におさまらず、大国の最高位貴族、あるいは王族、と予想するのが自然というもの。
可能性の一つとして、『サクタロー自身が商人』といったケースも考えられる。だが、ゴルドの勘はそれをきっぱり否定していた。商人特有の回りくどさもなく、あまりに呑気で商売っ気がなさすぎる。
「やはり遠方の大国、あるいは別大陸から流れてきた王族、といった可能性が高いな」
「私も近い印象を抱きました。上品な立ち振舞に、高い教養をうかがえる会話。まちがいなく高度な教育を受けた証でしょう。それにあの泰然とした態度は、生まれながらの貴人ゆえのものと拝察いたします」
ゴルドのつぶやきに、姿勢正しくそばに控えていたケネト・テリールが首肯する。
この主従がサクタローに対して抱く印象はおおよそ同様のものだ。庶民では持ちえない教養を備えるばかりか、有するおおらかな気質はどこか雲上人を思わせる。
「されど本人は出自を明かさず。となれば、非公式の訪問……いや、亡命という線が濃厚であろうな」
「ええ。外遊ならば、お供の者が童女三人だけというのはあまりに不自然。何かしらの理由で郷里を出奔したと考えるのが妥当かと」
ふむ、とゴルドは思考をさらに先へ進める。
そうであれば、どのように付き合うのがふさわしいか。出奔した理由の如何によっては、親しくなりすぎるのも後々問題となりうる。
しかし、貴人が子供三人を抱えてあのような寂れた場所へ転がりこむなど、本心としては不憫に思えて仕方がない。
「……何か問題がおきるまで、サクタロー殿にはできる限り便宜を図るとしよう」
「ふふふ、我が主ならばそのようにおっしゃると思っておりました。して、接触の際は貴人と仮定して対応いたしますか?」
「畏まりすぎる必要もあるまい。本人が出自を隠しているのだから、それに付き合うべきであろう。無礼のない程度の対応で、余計な詮索もなしだ」
「承知しました」
自身が厳つい顔に似合わず甘っちょろい性格をしていると、ゴルド本人も自覚している。だがサクタローの緊張感のない笑顔を思い出すと、どうにも心配になってしまうのだ。損な性分である。
言うまでもないが、付き合いを深めて取引を独占したい、という思惑もある。それが相手の立場を固めるための一助となれば文句なしだ。
こうしてサクタローは、いつの間にか王族へのランクアップを果たしていた。日本と異世界の隔たりによって生じたひどい誤解である。
勘違いを加速させたゴルドはといえば、すでに思考を切り替えており、四日後の再会に思いを馳せていた。
今度はいったいどのような品が飛びだしてくるのか、今からワクワクが止まらない。
遠くを見つめるようなその眼差しは、プレゼントを前にした子供のような輝きを湛えていた。