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第17話

 ゴルドさんとの商談をまとめた翌々日、大手通販サイトで注文していた荷物が届きはじめた。幼女たちを寝かしつけた後、スマホでポチったものだ。


 不足していた食材や生活用品、追加の子供服類、知育絵本、ぬり絵と色鉛筆、筆記用具に簡単な学習ドリル、新しいスーツケース、再び行われる商談用にティーカップ、などなど他にも盛りだくさん。


 深夜テンションで思いつくままにカートへぶち込んでいったら膨大な注文量になった。まだ届いていない物のほうが多いので、もう数日は宅配ラッシュが続く。


 それでもなお、三人にプレゼントしたい物は尽きない。特に衣服に関してはサイズの関係もあり、本当なら実際の店舗で購入したいところだ。


 一応、贅沢になりすぎないよう配慮はしている。いつか『お別れする時』がきたら、できる限り全部持たせてあげたい。


 とはいえ異世界との文明レベルの差を鑑みるに、日本で手に入るものは大抵が贅沢品に値してしまうわけで、そのあたりの塩梅は非常に悩ましいところだ……今も三人揃ってフェアリープリンセスに釘付けになっているあたり、もはや手遅れ感もなくはないが。


 ともあれゴルドさんとの約束の日までの三日間は、荷物を受け取りつつのんびり過ごした。


 たくさんごはんを食べて、温かいお風呂につかり、たっぷり眠る。幼き身で過酷な野宿生活を送ってきたエマたちはゆっくり体を休める必要があったので、とても良い休養となった。


 そして、来たる再会当日。俺は朝から売りこむ品を新しいスーツケースに収納し、商談の準備を整える。


 前回ウケが良かった香辛料と、衣服はデザインが微妙と言われたので生地を数種類、加えて目玉商品として白地に金の装飾が美しいティーカップを二つ用意した。


「さて。三人とも、本当にお留守番できる?」


「はいっ! わたしがちゃんとリリとルルのお世話します!」


「あの顔のこわいおじさんのお話、つまんないんだもん。パイもあんまりオイシくなかったし。リリはそれよりフェアリープリンセスみたい! ルルもだってー!」


 エマとリリの口ぶりからして、堅苦しい商談は前回だけでお腹いっぱいらしい。ルルなんて、早くもリモコン片手にテレビ前で待機している。


 わずか数日の間に、三人ともほとんどの家電の使い方を習得してしまった。子供の順応性の高さには驚くばかりである。


 俺がつきっきりでお世話しなくても大丈夫になったあたりは、喜ばしくも少しさみしい……まあ、それだけ安心できる環境なのだと思い納得しておこう。


「じゃあいってくる。お腹が空いたらキッチンのパンを食べていいから。でも、調理器具には触っちゃダメね。あと飲み物は冷蔵庫の中ね」


「はーい!」


「早く帰ってきてくださいね……!」


 リリは元気よく、エマは控えめに、ルルはテレビに目を向けつつも手をふってお見送りしてくれた。


 そんなわけで、俺は私服に着替え、スーツケースとともに謎の地下通路をくぐり異世界へ。例の虹色のゲートは今日も健在である。


「ん……?」


 廃聖堂に入ってすぐ、外から物音が聞こえてきた。複数人の声だ。

 こんな所でいったい何を? と思うが早いか、「やっと来やがった!」という大声を合図に四人の男らが中へなだれ込んできた。


 揃いも揃って身なりと人相が悪く、いかにもチンピラといった風体だ。

 男らは出入り口を塞ぐような位置で足を止め、薄ら笑いを浮かべながら口を開く。


「おっかしいなあ、外で見張ってたはずなのによ。お前さんどっから来やがった」


「……えっと、どちら様でしょう?」


「どちら様、だって? くはは、ずいぶんお上品な口きくじゃねーか。いいぜ、聞いて驚け。俺たちゃ『フラーテル』の構成員よ」


 ふ、フラーテルだってー!? ……いや、しらんけど話の流れからたぶん地元のマフィア的な組織だと推測される。


「それで、どのようなご用件で……?」


「あァ? 決まってんだろ。てめえの持ってるその荷物をよこしやがれ」


「ふひひ。オレはよう、何日か前にデケェ商会の馬車がここへ入っていくのを見たんだ。きっと値打ちモンがあるって目をつけてたのよ」


 先頭のチンピラの要求に続き、最後尾のチンピラが黄色く濁った歯をのぞかせた。


 どうやら前回の取引の際に目をつけられたようだ。しかも俺の荷物を強奪すべく、数日にわたり待ち伏せしていたらしい。つまり、恐れていたトラブルの発生というわけだ。


 さて、どうするか……当然ながら家に逃げ帰るのはナシだ。エマたちを危険に晒すつもりはない。一応、護身用の催涙スプレーを尻ポケットに隠し持ってはいる。自爆覚悟でぶち撒ければ時間くらいは稼げそうだが……。


「なあに、その荷物さえもらえりゃあ命までは取らねえさ」


 さらにマズいことに、先頭に立つリーダー格のチンピラがナイフらしき物を取りだした。鈍色の切っ先を向けられた途端、ジワリと嫌な汗が吹きだしてくる。


 悔しいが、ここは素直に荷物を差しだすのが正解か。命には変えられない――と、俺が脅迫に屈しそうになったその矢先。


「ぐえっ!?」


 ガツン、と。

 突如鳴りわたった殴打音。あわせて最後尾に陣取っていたチンピラが後頭部を抱え、苦痛に呻きながら崩れ落ちる。

 それを契機に、


「突入ッ! 不埒者は四人、賓客の安全を最優先に確保せよ!」


 続々と武装した男性たちがなだれ込んでくる。

 またたく間に変化する状況――その渦中、俺は思わず「あっ」と声を漏らす。いきなり現れた第三勢力の面々に見覚えがあったのである。彼らはたしか、ゴルドさんの護衛の方々だ。


 他方、呆然と立ちつくすチンピラども。おまけに武力の差は歴然で、ろくな抵抗もできず組み敷かれ制圧されてしまう。


 刃傷沙汰にこそならなかったものの、鞘付きの剣でぶっ叩かれては無事ですむまい。

 その後、すっかり大人しくなった強盗どもは縄でぐるぐる巻にされ、一人残さず外へ放り出された。


「サクタロー殿、ご無事か!」


 入れ替わりに、聖堂内へ駆け込んできたのはゴルドさん。その後ろにはケネトさんの姿も見られる。


「ええ、傷一つありません。ゴルドさんたちのおかげです」


「間にあって何より。不埒者がうろついていると報告があったものですから、急いで正解でした」


 ケネトさん曰く、先触れとして遣わした使用人から不審者の報告があったらしい。そこで用心し急ぎ参じてみれば、俺が脅迫されている最中だったという。


 ちなみに、突撃の合図をだしたのは彼だ。紳士然とした態度からは想像もつかないほど勇ましい叫び声だった。


「いやあ、肝が冷えました……本当にありがとうございます」


「なに、このていど造作もない。我が商会の護衛はみな『迷宮』で腕をならした者ばかりゆえ」


 ゴルドさんの口から気になるワードが飛びだす……が、今はそれどころじゃない。


 ついさっき、俺は強盗に遭いかけた。しかも相手は刃物をちらつかせ、最悪は殺さる可能性まであった……家と地続きの場所だから無意識に気を緩めてしまっていた、という言い訳はあるが、これはとても愚かな振る舞いだ。


 なにせ俺は以前、リリから『この付近には子供を攫う悪い大人がいる』と聞いていた。要は『治安に問題がある』と示唆されていたようなものである。にもかかわらず日本人まるだしのままなんて、犯罪者にとって格好のカモだ。


 今になって思えば、ゴルドさんたちとの初回の商談に関しても軽率だった。相手が善人だったからトラブルは起きなかったけれど、最悪はエマたちを危険に晒すおそれがあった。


 意識の改善とともに、大至急で防犯対策を施さねば……うわ、まだ心臓がドキドキしている。

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