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第34話 塗り絵と侵入者

「じゃあじゃあ、リリが大きくなってもあそびにきていい?」


「大きく……?」


 リリを抱っこしたまま、俺は思わず問い返した。

 急に話題が変わったな……もしかして、大人になったときの話をしているのかな?


 この子たちと初めて会った日の夜にも考えたことだが、俺が保護者でいられる時間はきっと限られている。やはり『地球人と異世界人』という隔たりは埋めがたい。


 だからこそ、最低でも明日を楽しみに眠りにつけるような生活基盤を整えてあげたい、と決意した。


 けれど、将来も我が家と異世界が繋がったままだったら……そのときは、遠慮なんかせずにいくらでも遊びに来てほしい。


 俺が拒むなんてありえないし、何度だって温かいゴハンを作って出迎えよう。

 それゆえ、答えはひとつしかない。


「もちろん。ここはリリたちのお家なんだから、いつでも帰っておいで」


 リリは返事を聞いて安心したのか、俺の首にぎゅっとしがみついてきた。そして大きな声で、「ありがと!」とお礼を言ってくれる。


 元気いっぱいでいいね……でも、鼓膜が破れたら困るから耳元ではもう少し控えめにお願いね。


 ともあれ、ぐっと心の距離が縮まったような気がした。それでつい、俺もぎゅっと抱きしめ返すとまた楽しげな声が耳元で響くのだった。


 その後、俺たちは楽しく会話を続けながら一緒に調理を進めた。

 リリがお利口さんにも手伝いを申し出てくれたのだ。やっぱり天使だね。


 しばらく経つと、今度はコトコト音を立てる鍋の中身が気になったらしい。ズボンを引っ張って「みせてみせて!」とせがまれたので、俺は快く抱っこして覗かせてあげたのだが……。


「わぁ、いいニオイ! でもサクタロー、これってうん――んぷ!?」


「おっと。リリちゃん、そこまでだ。最後までは言わせないよ」


 ギリギリで口を塞ぐことに成功した。

 幼子は無邪気すぎて、うっかり禁句を口走りがちだ。もっとも、俺はしっかり準備できていた。姪の夏実ちゃんがそうだったから、ちゃんと予想がついていたのである。


 そんなこんなで、カレーが完成する頃には日暮れ前に差し掛かっていた。

 我が家のリビングの窓から望む秋の山々は、夕茜に染められていっそう紅く燃え上がって見えた。もうすぐ夜が訪れる。


 ほどなくエマとルル、それにサリアさんも起き出してくる。

 ただ食事にはちょっと早いし、どうヒマをつぶそうか……なんて少し考えてみて、すぐに閃いた。


 俺はリビングの収納棚から、クレヨンとフェアリープリンセスの塗り絵帳を取り出す。


 こんなこともあろうかと、ネットでこっそり注文しておいたのだ。きっとみんな気に入ってくれるはず。


「すごい……! フェアリープリンセスだ!」


「わっ、なにこれ!?」


「おお、なんと精巧な絵だ……」


 案の定、エマとリリはぱっと破顔する。ルルも飛び跳ねて喜びを表現してくれている。サリアさんも興味津々だ。


 これなら夕食時まで十分もつだろう。さっそくローテーブルの上で塗り絵帳を広げ、俺は遊び方のレクチャーを始めた。

 だが、次の瞬間。


「……ん? これは、人の声か?」


 サリアさんが急に獣耳をピコピコ動かし、キリッと表情を引き締める。

 いったいどうしたのか……と俺が訝しげに思っていると、彼女は「あの通路だ」と納戸の方へアッシュグレーの瞳を向けた。


「まさか、地下通路に侵入者が?」


「そのようだな。まずは私が確認してこよう」


 俺の質問に答え、サリアさんは颯爽とリビングを出ていく。どうやら、恐れていた事態が発生したようだ。


 異世界から戻る際に、しっかりめに隠匿しておいたんだけどな……開いたダンボールを重ねて廃聖堂サイドの出入り口を塞ぎ、付近に転がっていた瓦礫や廃材などを利用して目立たないようにしておいたのだ。


 薄暗いこともあり、いい感じにカモフラージュできていた。

 けれど、その甲斐むなしく突破されてしまったらしい。


 とはいえ、侵入者は我が家までたどり着けていない。きっと例の虹色ゲートが通行を阻んでくれているのだろう。


「サクタローさん……」


「大丈夫だよ、エマ。リリとルルも安心してね。でも念のため、三人ともこっちにおいで」


 安心材料が見つかったからといって、まだ警戒を緩めるわけにはいかない。とりあえず心配そうにこちらを見つめる幼女たちに声をかけ、俺のそばに集まってもらう。ついでに、流れるように頭を撫でておいた。


 すると、その直後。

 サリアさんがひょこっとリビングに戻ってきて、状況を簡潔に説明してくれた。


「サクタロー殿。通路で騒いでたのは、ゴルド殿とケネト殿だったぞ」


「あ、ゴルドさんたちだったのね」


「うむ。もうじき夕食だし、追い返すか? 私の分が減っては困る……よし、追い返そう」


 いやいや、ちょっと待ちなさい。

 あの誠実な商人たちのことだから、心配して様子を確認しに来てくれたに違いない。それで大方、偶然にも地下通路を発見して迷い込んだのだろう。


 とにかく、俺が直接用向きを確認すべきだ。

 幼女たちには、当然ながらリビングで待機してもらう。


 そして、実際に地下通路へ降りてみれば……すぐにゴルドさんとケネトさんの姿が目に入る。虹色ゲートをおっかなびっくり検分しているところだった。


 サリアさんの報告通りだね。さて、どう対応したものか――驚く二人へ視線を向けながら、俺は大急ぎで方針を練っていく。

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