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第33話 お肉と秋野菜のカレーを作ろう

 由々しき事態である……うちの獣耳幼女たちは、あまり『白米』が好きではない。


 理由は『味がしない、食べづらい』といった内容がメインだ。他にも、異世界の街ではパン食が一般的みたいなので、馴染みがないことも大きく影響しているだろう。あと、三人ともバターロールが好きすぎる。


 サリアさんだけは、白米もガツガツ食べてくれた。過去に似た食材を口にしたことがあるそうで、特に抵抗もないみたい。


 そんなわけで、幼女たちの嗜好を優先し、我が家ではパンを主食として提供することが多い。


 まあ、こちらとしても嫌いなモノを無理やり食べさせるつもりはない……だがしかし、お米は日本人のソウルフードである。


 そもそも、俺自身が白米をこよなく愛している。焼き肉に行けば、初手にタン塩とライス(大)を頼んでしまう男なのだ。


 それだけに、エマたちにもその美味しさを知ってもらいたいと思うのは自然な流れである……ところが、現在のところ俺の企みは不発に終わっていた。


 隙あらば白米にあうおかずを作ってみたり、ふりかけを用意してみたりしたが、どれも反応はイマイチ。完食はしてくれるものの、『ライスおかわり!』と元気よくお茶碗を差し出してもらうことはできていなかった。


 だから、俺はついに奥の手を出す決断をした。


 その正体は、子どもが好きなメニューの定番中の定番、老若男女問わず愛され続ける国民的グルメ。しかも栄養バランスに優れ、スパイスの香りで食欲を刺激するあの料理――そう、みんな大好き『カレーライス』である。


 ということで、異世界の街の観光を楽しんだ日の午後。

 幼女たちとサリアさんがリビングですやすやお昼寝している間に、下ごしらえを済ませてしまおうと俺はキッチンに立っていた。


 レシピは特に珍しいモノでもない。ただ、せっかくなので季節感を取り入れて『お肉と秋野菜のカレー』を作ることにした。


 そうそう。うちの子たちは動物的な特徴を持っているので、当初はタマネギなどを避けた方がいいだろうと考えていた。


 けれど、サリアさんが『獣人の胃袋は他種族よりよっぽど頑丈だ』と教えてくれた。種族の特性として食欲旺盛で、アレルギーなどの症状とも無縁だそうだ。


 おかげで、料理のレパートリーが一気に広がった。特にタマネギなんて、地味に欠かせない食材だったしね。 


 それに何より、気兼ねなく色々なメニューを振る舞えるのがとても嬉しかったりする。みんなには色々なものを食べてもらいたい。


「では、さっそく調理開始といきますか」


 俺は独り言に続き、タマネギや秋野菜などを適したサイズに包丁でカットしていく。


 食材はネットスーパーで注文したが、そろそろ隣市のショッピングモールへ買い出しに行きたいところである。我が家の近くにも個人商店は存在するけど、品揃えがちょっとアレだし。


 出かけている間は、エマたちをサリアさんに見てもらって……なんか不安だな。


 肉類は異世界で調達しても良さそうだが、野菜は流石にどうかな。品種改良や栽培技術の影響で、こちらの品の方が美味しいような気もする。ただし、調味料類だけは日本で売っている製品で譲れない。


 と、そこで。

 おおざっぱに今後の方針を定めていたら、ふと足に小さな衝撃が。


「わ!? なんだ、リリか」


「うん! ねぇ、びっくりした?」


 調理の手を止めて確認すると、パジャマ姿のリリが足にしがみついていた。笑顔を浮かべ、黄金色の耳とモフモフ尻尾を揺らして上機嫌そう。


 背後から忍び寄るドッキリが成功して嬉しかったみたい。こちらも思わずほっこりである。が、調理中はやめるよう注意しておかないと。


「びっくりしたよ。でも、料理しているときは危ないからダメだよ。リリは驚かすのがとっても上手だから、包丁を落としちゃうかもしれないからね」


「わかった! じゃあ、いつならいい? ねてるとき?」


 寝ているときもやめてほしいなあ……というか、ぐっすりお昼寝中だったはずだけど、どうして急に目を覚ましてしまったのか。もしや、こっちでバタバタしていたのがうるさかったのかな。


「あのね。サリアのシッポが顔にあたって、かゆくておきちゃった」


「そうなんだ。それは困ったね」


「だからね、ムってなったから、お口でかんだの。でも、サリアおきなかったよ」


 起こされた仕返しにシッポを軽く噛んでみたものの、サリアさんは意にも介さず眠りこけているらしい。


 なんとも微笑ましい報告だ。しかしお昼寝を邪魔されてしまったのは気の毒なので、リリには冷蔵庫から取り出したりんごジュースをコップに入れて渡しておいた。


「サクタローはなにしてるの?」


「んー? 今はね、お夕飯の準備をしているんだよ」


「もうゴハンたべるの?」


「まだだよー。みんながお腹すいたらすぐに食べられるよう準備だけね。すっごく美味しいの作るから期待してて」 


 質問に答えつつ、リリをキッチンテーブルの椅子に座らせる。すると、すぐに喉をくぴくぴ動かしてりんごジュースを飲み始めた。


 この子はわりとしっかりしているけど、二人きりのときにはこうしてあどけない仕草を見せてくれる。普段はルルがいるから、お姉ちゃんとして振る舞っているのだろう。どっちも可愛らしいことに変わりはないが。


 そんなことを考えていたら、ピコピコ動く狐耳にふと視線が吸い寄せられた。なので、つい両手で黄金色のその頭をワシャワシャと撫で回してしまった。


 ジュースを飲む邪魔をされたリリは、「なにすんのよ!」と頬を膨らませて抗議の声を上げる。俺は笑いながら「ごめんね」と告げ、再び調理へと意識を向けた。


「ねぇ、サクタロー」


「んー?」


「ゴハンたくさん、ありがとう」


 のんびり調理を進めていると、リリの少し改まった声が飛んでくる。

 いつも食後にお礼は言ってくれているが、急にどうしたのかな……手を止めて俺が何事か尋ねてみれば、「うれしかったの」と答えが返ってくる。


「それは、ゴハンを食べられてリリが嬉しかったってこと?」


「そうだけど、ちがう。エマとルルがおなかいっぱいでニコニコしてるから、リリもうれしいの! あとサリアも!」


 みんなが空腹に苛まれず、楽しく過ごせることがとても嬉しい――そう言いたかったらしいリリは、屈託のない笑顔を浮かべていた。


 幼き身で過酷な境遇を生き抜いてきたにもかかわらず、こうまで純真さを保てるなんて驚きを通り越して感動である。


 この子たちは、本物の天使なのかもしれない……いや、少なくとも俺にとっては天使で間違いない。


 堪らず歩み寄ってリリを抱き上げる。そして理知的な輝きを宿すエメラルドグリーンの瞳を見つめながら、「気にしなくていいんだよ」と笑顔で伝えた。

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