好きでも嫌いでもない相手と、好きでも嫌いでもない映画を見る、好きでも嫌いでもないお家デート。
心は弾まないけれど、妙な安心感がある。
きっと相手にどう思われようと、どうでもいいからだろう。
「この映画、評判ほどでもないな。つまらなくはないけど家で観るのでちょうどいい感じ。鈴奈もそう思わないか?」
「ええ。どうでもいい映画だわ」
「映画館で観なくて良かったな!」
相手に微笑みかけられるたびに自分が酷く滑稽に感じられて、嘲笑を浮かべる。
すると相手はあたしの嘲笑を都合の良いように解釈して、また笑う。
「どうしたんだよ。急に罪悪感でも湧いちゃったのか?」
その相手こと安本葉介が私の顔を覗き込んできた。
「そんな大層なものじゃないわよ」
「でも親友の彼氏とデートしてるんだぞ。悪いと思わないのか?」
「その親友の彼氏本人であるあんたが言うことじゃないわね」
あたしはフンと鼻を鳴らしてそっぽを向いた。
すると葉介が甘えるように擦り寄ってきた。
「誘惑してきたのは鈴奈だろ? 俺は誘惑に乗っただけだ」
「同罪でしょう。ううん、浮気してるあんたの方が悪いわね」
「ええっ、そんなこと言うなよお」
葉介が急に悲しそうな声を出しながら、あたしの手に自身の頭を擦りつけてきた。
何をするのだと憤りつつも、ふと実家で飼っていた猫を思い出してしまい、葉介の頭を撫でた。
この猫のような男、安本葉介はあたしの親友である近藤利恵子の彼氏。
そしてあたしは葉介の浮気相手。
「もう利恵子とは別れて鈴奈と正式に付き合おうかな」
葉介は浮気相手であるあたしにそんなことを言う。別れるつもりもないくせに。まぎれもないクズ男だ。
利恵子の見る目の無さには、ほとほと呆れ果てる。
「利恵子とは結婚秒読みなんでしょう?」
「うん。両親との顔合わせもした」
すでに両親と顔合わせをしているのに、それでもなおあたしと付き合い続けているなんて、本当にどうしようもない男だ。
……親友と結婚秒読みだと知っている相手と付き合い続けているあたしが言うことでもないけれど。
「利恵子にはあたしとのこと、気付かれてないの?」
「ぜーんぜん。疑う素振りもないぞ。利恵子は俺のことを信じ切ってるから」
「ふーん。まあ気付いてたらあたしとも普通にランチには行かないか」
親友というだけあって、あたしはよく利恵子と一緒にお昼を食べている。
約束をしているわけではないけれど、社食へ行くと、あたしに気付いた利恵子に手招きをされてしまうのだ。
利恵子とあたしは同じ会社の違う部署。そのため会社での接点は社食のみ。
もともと利恵子とは大学で知り合い、仲良くなった。
まったくもってタイプの違う二人だけれど、被っている授業が多いため、自然と一緒にいることが多くなったのだ。
大学では同じサークルや部活に入っている学生同士で固まることが多かったけれど、あたしも利恵子も特にサークルに所属してはいなかった。
あたしがサークルに属していない理由は、群れることが苦手だからだ。
一方で利恵子になぜサークルに所属しないのかと尋ねると、どのサークルに入ろうか悩み過ぎた結果、入会するタイミングを逃してしまったとのことだった。
少し抜けている利恵子らしい理由だ。
「おーい。俺の隣にいるのにボーッとするなよ? なーに考えてるんだ?」
昔のことを思い出していると、葉介に頬をつつかれた。
「ああ、ごめん。利恵子はいつ気付くのかなって考えてたの」
「もしかして鈴奈って修羅場希望だったりする? あー、でもちょっと分かるかも」
「分かるって、何が?」
「だって鈴奈は『苛烈』って感じだから。感情の起伏が激しいって言うかさ。普段は冷静なんだけど、感情が振れたときは手が付けられなくなっちゃうだろ」
葉介の言葉にムッとして、つつかれた頬を膨らませた。
「なにそれ、悪口?」
「悪口じゃないって。感情がはっきりしてる人、俺は好きだな。利恵子より刺激的で楽しいぞ」
「利恵子は……利恵子だから」
「なんだそれ」
あたしの言葉を聞いた葉介が楽しそうにケラケラと笑った。
そう。利恵子は感情の起伏が大きいタイプではない。
しかし無表情というわけではなく、常にニコニコしているのだ。
常に上機嫌。
そういう意味で、感情の起伏が少ない。
「鈴奈はさ、修羅場になったらどうする? 利恵子の頬を引っぱたいたりする?」
「別にそんなことはしないわよ。どちらかと言うと引っぱたかれる立場なのはあたしの方だし。あと、あんた」
葉介の額に人差し指を当てる。
「違いないな!」
額に当てられた指を握りながら、葉介があたしの顔をまじまじと眺めた。
「で、鈴奈は修羅場になったら何をするんだ? 『葉介はあたしのものよ!』とか言う?」
「…………利恵子の醜く歪む顔を見て高笑いをするでしょうね」
「うっわあ、最低。でも俺たちお似合いだな」
「ええ。最低な者同士だからね」
自分の彼氏があたしとも付き合っていると知ったら、利恵子はどんな顔をするだろう。
泣くだろうか。怒るだろうか。
それとも……いつもと同じ上機嫌な表情のまま、葉介と別れることを決めるのだろうか。
「……それだけは許さない」
あたしは手元にあったクッションをぎりりと握りしめた。
握り込まれたクッションが形を歪ませる。
ああ、利恵子の顔もこんな風に歪ませてやりたい。
* * *
「あっ! 鈴奈ちゃーん、こっちこっち!」
翌日、社食に到着するとすぐに利恵子に名前を呼ばれた。まさかあたしが昨日自分の彼氏とお家デートをしていたなんて思ってもいないだろう笑顔で。
「よく気付くわね、毎回毎回」
定食を受け取ってから、利恵子の正面に座った。
「鈴奈ちゃんは美人で目立つから。スタイルが良くて姿勢も綺麗だから、自然と目が行っちゃうんだよ」
「そうかしら。まあ体型には気を付けているけれど」
「芸能人みたいで羨ましいよ。私なんかちんちくりんだもん」
利恵子がぺったんこな自身の胸を眺めた。
利恵子は利恵子で庇護欲を掻き立てるような可愛らしい見た目をしていると思うけれど、本人が気にしていそうだから言わずにおいた。