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第2話


「利恵子、これでも食べて大きくなりなさい」


 そう言ってあたしはサラダに乗っていたミニトマトを利恵子の皿の上に置いた。

 ミニトマトが背を伸ばすなんて話は聞いたことがないけれど。


「鈴奈ちゃん、ミニトマトが嫌いなだけだよね!? 嫌いなミニトマトを押し付けただけだよね!?」


「いいえ、これはあたしの優しさよ。利恵子の背が伸びるようにね」


「もう、嘘ばっかり」


 そうは言いながらも利恵子は置かれたミニトマトをパクリと食べた。

 よし、これで今日の定食は完食が確定した。


「最近、利恵子の部署はどんな感じ? そっちの部署にも新人が入ってきたでしょう?」


「良い子たちだよ。真面目で一所懸命で。まだまだ覚えることはたくさんあるけどね」


「ふーん」


 部下が真面目で一所懸命な子たちなら、利恵子も扱いやすいだろう。

 利恵子の言う通り、本当に真面目で一所懸命な子なら……だけれど。

 利恵子は他人の良いところばかりを見ようとするため、悪い人に利用されやすいのだ。

 今年利恵子のもとに入ってきた新人がそうではないことを祈るばかりだ。


「鈴奈ちゃんのところに入った新人は?」


「全員辞めた」


「もう!?」


 鈴奈は驚いているけれど、三ヶ月でも持った方だと思う。

 昨年は一ヶ月と経たずに新卒入社の社員全員が辞めていたから。

 幸いその後に雇った中途採用の社員は残っているけれど、とにかくあたしの所属する企画部は新卒には相応しくない部署なのだ。

 実力主義の上、残業や自宅作業は当たり前。そしてのんびり新人に仕事を教えているほど暇でもない。新人は実践の中で叱られながら学ぶしかないのだ。

 昨年と今年の結果を見て、来年は新卒入社の社員を入れないでくれると嬉しいのだけれど。


「やっぱり激務なんだね、企画部」


「さすがに昼食を食べる時間くらいはあるけれど。それにあたしは毎週土日休みも取れているわよ」


「それは鈴奈ちゃんの要領が良いからだよ。大学のときも成績良かったもんね」


 利恵子が本心から思っているのだろう口調で言った。


 まあある意味では、あたしは要領が良いと言える。

 他人のノートをコピーしたり過去問をもらったり、会社でも色目を使って仕事を代わってもらったりしているから。

 しかし利恵子はそういう意味であたしの要領が良いと言っているわけではないだろう。

 利恵子はあたしの能力が高いからすべてが上手くいっていると思っている節がある。

 実際にはズルぎりぎり、人によってはズルだと思うような行為をしているのだけれど、利恵子はそのことを知らない。


「利恵子のところだって全員休日が取れているんでしょう?」


「そりゃあ事務だからね。休日出勤するような仕事は無いよ」


 そう言って利恵子が味噌汁を飲み干した。


「利恵子、今週の土日は何をする予定なの?」


「土曜は彼氏とデートだよ。水族館に行くの」


「へーえ、水族館ねえ。彼氏とは相変わらず仲良しなのね」


「うん。そうだ、水族館ではお揃いのキーホルダーを買っちゃおうかな」


「学生のようなことを言って。利恵子は変わらないわね」


 学生の頃からずっとキラキラと眩しくて、少し子どもっぽくて。

 その無邪気な笑顔を見ていると…………虫唾が走る。



   *   *   *



『今週の土曜に利恵子と水族館に行くんだって?』


 風呂上がり、葉介にメッセージを送る。

 すぐに既読が付き、返事が返ってくる。


『利恵子、浮かれてただろ。水族館くらいで喜んでくれるから、利恵子は楽でいいわー』


『嫌な男』


『その嫌な男と付き合ってるくせに』


『あたしは嫌な男でも別にいいけれど、利恵子はよくあんたのことを好きになったものよね』


『利恵子には嫌な部分を見せてないからな』


 あーあ。利恵子は他人の良いところばかりを見ようとするから、こうやって簡単に騙されるのだ。

 そして痛い目を見る。


『葉介あんた、隠れてあたしと付き合って、利恵子に悪いとは思わないの?』


『悪いと思うからこそ俺は利恵子に対して必要以上に優しく出来て、利恵子は何も知らずに優しくされて、WinWinじゃねえ?』


『クズ男ね』


『そうは言うけど、鈴奈だって俺と付き合う背徳感が良くて付き合い始めたんだろ? 鈴奈は障害があればあるほど燃えるタイプと見た』


 そういう面が無いとは言わない。

 たとえばフリーの葉介にただ告白されたとしても、あたしはきっと付き合ったりしない。

 「利恵子の彼氏」というブランド力があるからこそ、あたしは葉介と付き合うことを決めたのだろう。


『俺も鈴奈といると、背徳感のおかげでただのお家デートでも刺激的だな。きっと俺たちは似た者同士なんだよ』


『葉介と一緒にされるなんてごめんなんだけれど』


『ツレナイなあ。だからこそたまにデレたときがより可愛くもあるんだけど』


 可愛い、か。

 普段は言われない言葉だ。

 あたしの外見は自分で言うのもあれだけれど、可愛いよりは綺麗系だし。性格はまったくもって可愛くないし。

 最後に可愛いと言われたのはいつだったっけ。

 ……きっと思い出せないほど昔のことだ。


『そんなことより。葉介、日曜にあたしと水族館デートをしましょうよ』


 あたしは会話を最初の話題に戻した。

 土曜に利恵子、日曜にあたしが水族館へ行くなら、問題は何も無いはずだ。


『えー? それだと俺、二日続けて水族館なんだけど?』


『だからこそよ。前日に行った場所なら、利恵子に目撃されないでしょ』


『確かに! 鈴奈、あったまいーい!』


 利恵子に気付かれるからという理由で、あたしと葉介はお家デートばかりをしていた。

 ここらで水族館デートというのも悪くはないだろう。

 水族館内で利恵子とのデート内容も詳しく知ることが出来そうだ。


「久しぶりに葉介とのデートが楽しみかも」




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