悠然と佇んでいる銀髪金眼の少年は、眼下に広がる光景、その感想を素直に口にする。
「いやはや、なかなかに大変そうだねえ♪」
可愛らしい幼さの残るのんきな声とは裏腹に、その視界に広がっているのは、鬼気迫る怒号を放つ生き物――魔物の群れ。
「ご助力、願いてえんですが――」
低く渋い声で嘆願しているスキンヘッドの男の表情は暗く、状況の
「えー、このあいだも頑張ったよ、ボク?」
「そこをなんとか――」
「――エレノアちゃんがいいな〜♡」
「……ほ、本気ですかい?」
「そこはほら、ガノスくんの権力で、ねぇ?」
スキンヘッドの男――ガノスと呼ばれた男は、頭を悩ませていた、よりにもよってあいつか……、と。
エレノア=ヴァルスター子爵――それは、とある立場に成ったことで三年前に叙爵、王国の貴族と成った女傑の名。三年前まで平民だった彼女が貴族に成った理由、それは――災厄級魔獣、単独討伐成功。
アダマンタイト級傭兵、エレノア=ヴァルスター。またの名を、双翼のエレノア。
ファルデア王国傭兵ギルドに在籍する、五名のアダマンタイト級傭兵のひとりである。
「こ、今回はお金でなんとか――」
「やだ!ボク、お金いらない!」
「ですよねぇ……まずは交渉しやすんで――」
「エレノアちゃんのおっぱい一日揉み放題!」
「――さすがに勘弁くだせぇ!」
傭兵の道を選ぶ女性の傾向として、芯の通った強気な性格の女性が多い。そして、例に漏れず、エレノアも苛烈な女性として有名であり、ガノスはそのことを、嫌というほど、よく知っていた。
そんなエレノアに、おまえのおっぱい一日揉み放題を精霊神さまへの報酬にした、なんてことを伝えた日にはガノスの人生が終わりかねない、まさに生命の危機である。
「例えば、一日デート権、なんてのは?」
「んー……朝まで?」
「そ、そこは、本人と交渉していただく形で」
「……ふふん♪ いいねいいねぇ、悪くないよ、ガノスくん♪」
「ということは?」
「その依頼、引き受けてあげるよ♪ そうと決まれば、さっそく――」
年頃にして十歳前後にしか見えない少年が、あたりをキョロキョロし始め、おっ、アレにしよう、と口にしたと同時に指を鳴らす。少年の右手には、いつのまにか木の枝。
「神殺しの聖剣キノエーダを以て、迫る脅威のことごとくを斬り伏せよう――」
その少年が城壁――城塞都市アルカイズの城壁にて、なんとも勇ましい口上をあげる、ただの木の枝を握りながら。
「さあ、
銀髪金眼の少年――精霊神ソーマ、デート権のために武力介入を開始する。
❖
ファルデア王国――ダスクード大陸南部の国。人族を含めた多くの種族が暮らす多種族領域の名である。
そんなファルデア王国北方の国境地帯、最北にして最大の都市で、事故に見せかけた
のちに、勇者殺しのファルデアと
❖
「デート権♪デート権♪」
「――ふんっ!」
戦況を覆す強大な個の力が、この世界には確かに存在する。
それは例えば、アダマンタイト級傭兵。
それは例えば、最高神が一たる精霊神。
つまり、劣勢にあったはずの場の形勢が、たった今、完全に覆ったということである。
「あの精霊神さま、まだ交渉前ですんで――」
「ボク、いや……アルカイズに暮らしているみんなのためにも! がんばれがんばれ、ガノスくん♡」
「ぐっ、今はこの場をなんとかしやしょう!」
「はいはーい♪」
精霊神ソーマ――世界の安寧を保つ大いなる者たち――最高神の一たる者として名を広めている存在である。ただし、かの最高神は、いささか特殊な存在である。
他の最高神が現世にほとんど関与しないのに対して、精霊神ソーマが現世に関与、介入する頻度は高い。
それは、精霊神の役割が故に。
「今宵もキノエーダが血を欲しておるわ!」
「聖剣設定、どうしたんでやすか?」
「あはは、ナイスツッコミ!ガノスくんはノリがいいから、ボク、好きだよ♡」
「そりゃあ光栄です、なっ!」
ガノス=アルランディ――ファルデア王国傭兵ギルドを統括するグランドマスターであり、それと同時に彼もまた、王国に五名しかいないアダマンタイト級傭兵のひとりである。ちなみに、彼も子爵で妻子持ち。スキンヘッド。
人族最高クラスの戦闘力を有するスキンヘッドのアダマンタイト級傭兵と、ただの木の枝を振るう世界最強の精霊神が揃えば、余程のことが無いかぎり、対処できない事態は無い。
つまり、城塞都市アルカイズでは、その余程のことが起きているということ。
スタンピード――魔物、もしくは、魔獣と呼ばれる怪物が、なんらかの理由で生息している領域から他領域に移動する現象である。
その脅威度は、移動する魔物や魔獣の質によって変わるが、最低でも、準災厄級魔獣相当。
そして、今回、アルカイズを襲っているスタンピードの脅威度は――災厄級魔獣相当。
小国の存亡と同義とまで言われるそれと同等の脅威が、いち城塞都市に襲いかかっており、その脅威を傭兵ギルドの戦力
自身もアダマンタイト級傭兵であり、傭兵ギルドのグランドマスターとして、その状況の異常さを察したからこそ、ガノスは、精霊神ソーマへの助力を再度、嘆願したのである。