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第3話 ライフラインと神ライン

――朝。


「……うぅ……あと、五百年くらい寝ていたい……」


耳元で、神のくせにダメ人間っぽい寝言が聞こえる。


私は目を開けた。


自室、ベッドの上。隣の部屋では佳苗とリィナが一緒に寝ているはず。


なのに、なぜか私の布団にも女神様が侵入していた。


「……あんたさ……自分の部屋、あるよね?」


「神は孤独を恐れる存在……ぬくもりを求めて、人の隣に……」


「こっちは迷惑なんだよ!!!」


神の威厳とは。



我が家は、3LDKのマンション。


本来は佳苗と私、それぞれの個室+共用のリビングで、快適なルームシェア生活だった。


それが今では、

• 千歳の部屋 → 神が侵入

• 佳苗の部屋 → 神がもともと寝ていた

• 空き部屋 → 初日から「神の物置」として勝手に使われている


……どこにいても神がいる。

私の精神が崩壊する日も近い。



リビングに出ると、ソファの上で佳苗がゲームコントローラーを握ったまま寝ていた。


「……はっ。朝なのです……?」


「朝だよ。寝ながらゲームするのやめて」


「私は器用だから寝ながらでもゲームできるのです……」


「スティックにヨダレたれてるけどな」


「うそぉ……?」


「ほんとだよ。今拭いた」


「ありがとぅ……千歳は今日も天使なのです……」


「口の悪い天使で悪かったな」



朝食タイム。

冷蔵庫には安売りの玉子のみ


「今日のメニューはね……スクランブルエッグだよ」


「神の目には、何故か毒の光を放っているようにしか見えぬが……?」


「やっぱ食べるのやめよっか!!!?」


「私も今日はちょっと、胃にやさしいほうが……なのです……」


「文句あるなら作れよ!! あたしは食べるぞ!!!」



騒がしくも朝食(?)を済ませ、ようやく出社。


会社……といっても、例の札幌駅前のビルの一室だ。


ところが、ビルの前でふと振り返ると――


「……ねえ、リィナいなくない?」


「またですの?」


「まただよ!!!」


私は愕然としていた。


「いや、さっきまで一緒にいたよね?!」


「一緒にいたのです。でも消えたのです」


「なにその現象。神、ワープした……?」


「神は、気まぐれですの」


「軽すぎるんだよ、うちの神!!」


ため息をついてエレベーターに乗る。

札幌駅前ビル。そこに私たちの会社――ピコリーナ・カンパニーがある。


無人のはずだったビルを、勝手に会社にしたんだけど……。


「今日も変わらず誰もいないわね……」


「この静けさ、好きなのです」


「従業員ゼロだからね!」


──と思った、その瞬間。


ポストの中に、封筒が一通。


「……え? 郵便?」


「昨日、求人票を異空間に投げ込んだから……?」


「マジで届くの? そっち界隈、ちゃんと郵便制度あるの?」


開けてみると、毛筆で書かれた履歴書と、やけに丁寧な職務経歴書。


しかも写真は――


「……耳……長っ!!?」


めちゃくちゃキリッとしたイケメンのエルフが写っていた。


そして、彼の名前は――


「セラス・ヴァルティリオン……営業希望?」


「神の啓示により参上しました、的なノリっぽいですの」


「……あれ、てことは……来るの?」


「来るのです」


「来んのかよ!!!!」



数時間後。


札幌の空に、雷と光のスパークが走った。


「また派手な入場だな!? 火災報知器なるって!!」


バチン!! と空気が割れたかのような音。


事務所の真ん中に突如現れたのは、スーツを着こなした長身のエルフ。

金色の髪に、深緑のマントを翻して――


「私はセラス・ヴァルティリオン。異世界営業部の者である」


「異世界営業部って何!? 前からあった!?!?」


「神託の求人票を見て、我が魂が震えた。ここに来るしかないと……」


「その結果がド派手な次元移動か……」



「ふむ。面接か……神の出番だな」


気がつくと、女神リィナがちゃっかりソファに座っていた。


紙コップ片手に、なぜかコーンスープを飲んでいる。


「戻ってたのかよ!! どこ行ってたんだよ!!」


「コンビニだ」


「行動が人間味ありすぎんだろ!!!」



「では、セラス。そなたを面接いたす」


リィナが神々しく(?)言うと、セラスはひざまずいた。


「私の全力を、この会社に捧げましょう」


「よし、採用だ」


「はやっ!! 面接、秒で終わった!?」


「神の判断に間違いはない。即採用、即給料発生、これ定めなり」


「だから勝手に制度作るなっての!!」



セラスは無事(?)入社。


だが、ひとつ問題が。


「で……住むとこあるの?」


「ないが?」


「だよねぇ!!!!」



「そもそも、私たちもそろそろヤバいのです」


佳苗が、給与明細のような紙(実際は手書きメモ)をひらひらさせる。


「家賃が払えないのです。3人で割っても4人で割っても無理ですの」


というわけで、神もぶりっ子もエルフもいる貧乏会社にまた一人、営業が加わった。


私は……本当にこの求人出したこと、後悔しはじめていた。


「……人はいる。才能も、たぶんある。女神の謎パワーもある。ないのは――」


「お金なのです」


佳苗がうんうんとうなずいた。


家から持ってきたこたつ(電気は通ってない)に入りながら、スウェットの袖で鼻をこすっている。


「そもそもさ、あたしたちの今の住まいって、私と佳苗の二人で借りてる3LDKじゃん?」


「そこに女神が転がり込んで、今は3人ルームシェアなのです」


「そこにエルフも追加って、無理あるでしょ!!」


「ベランダは空いてるが?」


「神はまたそういうこと言う!! エルフにベランダで寝ろって言える!?」


「我は神だぞ?」


「神以前に人としてどうなんだよ!!!」



セラスはというと、いつの間にかキッチンで麦茶を作っていた。


ガラスのピッチャーに丁寧に注ぎ、やたら優雅にソファに戻ってくる。


「この世界の住環境は……思っていたより厳しいのだな」


「そりゃそうでしょ。この国の家賃、あんたがいた森とはわけが違うんだから」


私は頭を抱えた。


「……社宅、かぁ」


「そなたの名義で金を消費者金融から借りればよいのでは?」


「ご利用は計画的にできないよ!!!」


「そなた……“お金の神”を信仰せぬから……」


「信仰しても通帳は増えねぇのよ!!!」



「ですが、仮に社宅を借りたとして……」


セラスが麦茶を置いて、手帳を広げた。なぜか革製。筆記具は羽ペン。


「入居者4名、収入0、資産0、保証人なし。信用スコア、地に落ちてるな」


「ちゃんと分析しないで!? 現実に打ちのめされるから!!」



結論:


社宅を作ろうにも、お金がない。

住む場所を増やしたいのに、全員お金がない。

しかも、家賃の支払日がそろそろくる。


こたつの上に麦茶のみ。女神、ぶりっ子、そしてエルフ。


社内会議、開催中――だが部屋は暗い。というか、電気が通っていない。


「神の住処にしては、ここはちと寒いのです」


「……そういえば、入居のときに“電力会社との契約”とかせんかったからな。なにせ金がない」


「してなかったのかよ!! いや、女神! あんたが最初に勝手に入ったんでしょこのビル!!」


「それに神に契約は不要なものである」


「おまえそれでよく現代に適応する気になったな!?!?」



「とにかく! 電気がないと仕事なんかできないでしょ!」


「では、火を焚いて光と温もりを……」


「やめろ、消防法に引っかかる!!」


セラスが真顔でたいまつを持ち出そうとするのを、全力で止める私。



「じゃあ収益モデル考える以前に、インフラ整備からってこと? 電気契約して、ネット通して、水道もチェックして……」


「ガスは……?」


「ガスはこのビル、最初から使えないぽい。てか、そもそもこのビル本当に借りていいの? 勝手に入ってるだけじゃないよね?」


「神の力により“空室に見せかけた神の物件”にした」


「こわい! 法的に一番ヤバいやつじゃん!!」



「……ねえ、リィナ。マジで一度、市役所とか区役所行かないとだめなんじゃない?

電気止まってるし、登記とか、書類とか、会社としての存在も怪しいっていうか……」


「神は役所が苦手だ。何せ、住民票がない」


「そもそも現代日本に神の戸籍は存在しないからな……!」



「……とりあえず、佳苗。スマホのバッテリーまだある?」


「昨日で切れたのです」


「詰んだ!!」



こうして、「ピコリーナ・カンパニー」最大の課題――


“そもそもこのビル、電気すら来てない問題” に直面した私たちは、


まず「人材」ではなく、「インフラ整備」というあまりに地味な戦いに挑むことになったのだった。



でもさ。


あたしは気づいた。


目の前の麦茶に!


すぐにトイレに行っては


──ジャアアアアア……


「…………えっ? 出てるんだけど?」


驚く私の後ろで


「おおっ! 水の恵みは通っておる!」


「え? なにこれ? 逆にどういうこと? 水だけ生きてるの?」


「それは、私が今日このビルに来たとき“水の神”にだけ許可をもらっておいたからだ」


「神界にも縦割り行政あるのかよ!! てか、その申請通ったの!? すごすぎん!? 水道局より仕事早いじゃん!」


「水の神は、茶をいれることに理解があるのだ」


「どうでもよっっ!!」


私はトイレから出る水を見つめながら、しばらく絶句してしまった。


電気はダメ。ネットも死んでる。だけど水道だけは、なぜか生きている。


「……うん、これはもう完全にバグだな」


「バグではなく、神の采配である」


「どっちにしろ現代で暮らすには致命的におかしいんだわ!!」



水が出ることに妙な安心感を覚えながらも、私たちはなおも“インフラの闇”と戦わねばならなかった──。


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