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第2話 ぶりっ子、再就職するってよ。

「……で、女神様。今夜、寝るとこある?」


「ない。神殿はないし、雲の上にも帰れぬ。ベンチは固かった」


「ベンチで仮眠してたの!?」


札幌駅前のベンチで力尽きそうな女神を見かねて、私はため息をついた。

財布には残金約350円。ホテルは無理、カプセルホテルも無理。

でも――あ、そうだ。


「……うち、ルームシェアしてるマンションなんだけど、ひと部屋空いてるんだった」


「ほう、それは神に与えられた啓示だな」


「いや、佳苗が物置にしてた元・客間なんだけど」


「我が神威で清めよう。多少のホコリは問題ない」


「ホコリじゃなくて佳苗の機嫌が問題なのよねぇ……」



そんなわけで、帰宅。

オートロック付きの築浅マンションの3階。家賃の割に広いのは、札幌の奇跡。


玄関を開けると――。


「……千歳ちゃん!? えっ!? ええええっ!?」


「帰ってきたよ、佳苗」


「なんで!? なんでローブ着た銀髪の美女連れてるの!? スカウトされたの!? はたまた騙されたの!? まさか二人で宗教法人!?」


「おちつけぇぇえ!! そしていちいち発想が極端ぃぃ!!」


「はーい、ただいまなのです♡」


「あんたはぶりっ子の癖にツッコミキレが良すぎるのよ……」


「で? その人誰? マジで」


「……女神」


「ほらやっぱり宗教じゃん!!」



説明の末、女神・リィナが異世界から来たこと、帰れないこと、会社を作ったこと、そして金がないことを全部話すと――


「ふ〜ん、……うん、まぁ千歳ちゃんが変なことに巻き込まれたのは今に始まったことじゃないのです。OKなのです」


「えっ、いいの!?」


「ていうか空き部屋、ちょうど掃除しようとしてたし、布団もあるから使えばいいのです」


「女神に優しい……!」


「というか、私も無職なので同類なのです」


「なんかすっごい説得力がないようであるような自己紹介やめて!!」



かくして、女神・OL・ぶりっ子の同居生活がスタート。

千歳の部屋は無事守られたが、リビングの空気はどこか神々しく、うっすら香ばしいファミチキの香りが漂っていた――。


深夜0時。暖房の効いたリビングのこたつの中で、私・千歳と、元・異世界の神・リィナ、そしてぶりっ子元同級生の佳苗は、ゴロゴロと転がっていた。


「ねえ……そろそろ、現実と向き合おうか……」


私が呟くと、隣でスマホゲームをいじっていた佳苗が顔だけこたつから出して、こくりとうなずく。


「うん……まず、私たち3人とも、今、収入ゼロなのです……」


「神の信仰ポイントもゼロである……。供物もない……」


「そりゃそうでしょ。誰もあなたのこと信仰してないし、そもそも戸籍もないじゃん……」


「拙者、無戸籍の神……まことに世知辛い……」


「笑えない〜〜〜!!」


私は思わずテーブルに突っ伏した。

求人票は異世界に送ったけど、まだ誰も来てないし、当然お金になる仕事もしてない。


「でもさ、うちの家賃って……」


「……ひと月、八万五千円、なのです……」


「ぎゃあああああ!!」


「さ、三等分でも、一人二万八千五百円……ぎゃああああ!!」


「神、現実に震える」


「しかも……今月末引き落としなのです……」


リィナがポテチの袋を開けようとして手を止めた。


「――このポテチ、もう贅沢品では?」


「うるさい、食べてから言って!!」



こたつの中、3人の目が死んだ魚のようになる。

財布の中を確認しても、合わせて1万円に満たない。

残された方法は――


「……バイト?」


「拙者、履歴書の書き方を知らぬ」


「そもそも女神にマイナンバーはあるのか問題が……」


「佳苗は?」


「初日に寝坊してクビになったので、札幌のアルバイト界では前科持ちなのです……」


「うちのルームシェア、もはや地獄じゃん……」



「もう、会社ちゃんと動かすしかないね」


私は立ち上がった。


「求人票、異世界にばらまいたんだから、来るはず! 来るでしょ!? 来なきゃ死ぬ!!」


「神も祈る」


「私はすでに祈ってるのです。むしろ祈るしかしてないのです」


「私も祈る。異世界の誰か、ピコリーナ・カンパニーに来てくれぇぇぇえええ!!!」


その叫びは、札幌の夜空にこだまし、誰もいない異空間へと吸い込まれていった――。


「私、決めたのです」


「ん?」


「ピコリーナ・カンパニーで、事務員として働くのです!」


「……はい?」


私とリィナが同時に首をかしげる。


「だって、収入ないと困るでしょ!? 働けばいいのです!

それに、私はPC作業得意! 伝票もExcelも、ちゃんと打てるのです!」


「……でもさ、そもそもまだ業務内容決まってないし、顧客もいないし……」


「なら作ろうじゃないですか! 顧客と未来を! 千歳ちゃん! リィナさん!

ピコリーナ・カンパニーを、私が裏から支えるのです!!」


「おお……なんかめちゃくちゃ勢いあるけど……」


「正直、不安の方が勝ってるけど……」


リィナが神々しいポーズで佳苗を見つめた。


「よかろう。そなた、今日より“見習い事務神官”に任ずる」


「わぁい! 神様認定もらったのですー!!」


「なんか肩書きが宗教臭い!!」



かくして、ピコリーナ・カンパニーの初期メンバーは――

• 無職OL(社長)

• 無戸籍女神(取締役)

• 寝坊前科ありのぶりっ子(事務員)


という、いろいろとダメな三本柱でスタートを切ったのだった。


「じゃあ、次は事務所の整理整頓から……」


「その前にごはん食べたいのです……」


「米がない」


「神よ、炊飯器に奇跡を……」


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